14、ヘイトスピーチ
2021年10月
特定の民族・国籍・人種など、個人の意思で変更できない属性を持つ集団への差別や敵意、憎悪を煽る示威行動―ヘイトスピーチが、2000年代以降顕在化し、特に在日コリアン、朝鮮半島出身者への民族差別と排外主義のデモ・街頭宣伝が、在日コリアンタウンである大阪・鶴橋や東京・新大久保、その他の繁華街などで行われ、その醜悪な罵詈雑言は、関係者と周辺住民の不安と恐怖心をあおり、社会に大きな衝撃を与えました。
2009年の京都朝鮮第一初級学校前でのヘイトスピーチ襲撃事件では、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」が、約50分にわたり拡声器で侮辱と誹謗中傷の怒号を浴びせかけ、在日コリアンの子どもたち・教職員関係者を恐怖に陥れました。
こうした言葉の暴力は、「ヘイトクライム」(人種的憎悪にもとづく犯罪)そのものであり、人権を著しく侵害するものです。憲法が保障する「集会・結社の自由」や「表現の自由」とも相いれません。
2016年「ヘイトスピーチ解消法」、自治体での条例制定と運動の広がり
京都朝鮮学校をはじめとする当事者の切実な訴え、裁判闘争と勝訴、ヘイトスピーチに対抗するカウンターの運動が社会を動かし、2016年5月、「ヘイトスピーチ解消法」が制定されました。
「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」は、ヘイトスピーチの禁止規定がないこと、「本邦外出身者」、「適法に居住する」規定が適用対象を限定的にするなどいくつもの課題を残しましたが、ヘイトスピーチ対策の立法事実を示し、ヘイトスピーチの定義、解釈指針を提示し、国と地方公共団体に施策と予算措置義務を明記するなど、重要な意義を持つ立法でした。
横浜地裁川崎支部は、「ヘイトスピーチ解消法」成立直後の2016年6月2日に、川崎市桜本でのヘイトスピーチデモを禁止する仮処分決定を出しました。この根拠となったのが「解消法」であり、そのヘイトスピーチの定義でした。同じ年の12月には、大阪市鶴橋でもヘイトスピーチデモ禁止の仮処分決定が出されています。「解消法」を活用したこの決定は画期的なものでした。
制定から5年を経て、外国籍の人々の排斥を街頭で叫ぶヘイトスピーチデモは減少してきました。(警察庁の把握では、「右派系市民グループによるデモ」は2018年約30件、2020年約10件)
これは、「解消法」や判決、仮処分命令によってヘイトスピーチが許されない恥ずべき行為だという認識が広がったことがあります。
それとともに、大阪市や川崎市等、自治体条例が広がったこと、さらに各地でヘイトスピーチとたたかったカウンターのねばり強い取組、それを後押しした世論があります。
大阪市では、2016年1月制定の「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」において、第三者機関による審査を経て、ヘイトスピーチに該当すると認定した表現活動を行った者の氏名・名称等を公表することでヘイトスピーチの抑止を図る仕組みを導入しました。これまでに、インターネットへのヘイトスピーチデモの動画投稿や、インターネットまとめサイトに記事を作成・掲載し、コメント欄を設けて不特定多数のコメントとともに閲覧させた行為等がヘイトスピーチとされ、動画投稿サイトへの削除要請と行為を行った者のネット上のハンドルネーム、実名が公表されています。(2019年度末までに、17件の案件の取り扱いが終了し、そのうち8件がヘイトスピーチに認定)
20年10月には、駐大阪大韓民国総領事館前での16年7月17日の街宣活動がヘイトスピーチに認定されています。
川崎市では2019年12月、全国で初めて刑事罰を伴うヘイトスピーチ禁止規定をもつ、「川崎市差別のない人権尊重のまちづくり条例」を制定しました。この条例では、「人種、国籍、民族、信条、年齢、性別、性的指向、性自認、出身、障害その他の事由を理由とする不当な差別的取扱い」を禁じる規定を置いています。
川崎市では、条例制定に向けた幅広い市民の運動とともに、現場での抗議、座り込みで未然防止、中止させる運動など、大きな実績を積み重ねています。
当事者が裁判に立ち上がって勝訴
京都朝鮮第一初級学校へのヘイトスピーチ事件は、学校側が威力業務妨害などの容疑で告訴し、実行者らは逮捕・起訴され、有罪判決が確定しました。民事訴訟でも、京都地裁、大阪高裁は在特会メンバーに約1,200万円の損害賠償の支払いを命じ、2014年に最高裁で確定しました。
在日コリアンのフリーライター李信恵(リシネ)氏が、インターネット放送での自身を侮辱するヘイトスピーチについて、2014年に在特会とその前会長、またインターネットのまとめサイト「保守速報」に対し損害賠償請求を求めた2つの裁判は、ともに大阪地裁・高裁で勝訴し、特に大阪高裁(在特会と前会長に対する)では、在日コリアンであることに加えて女性であることで、攻撃がより執拗になる「複合差別」であると司法で初めて認定し、2つの裁判で確定しました。(最高裁確定2017年、77万円の賠償。「保守速報」は2018年に200万円の賠償確定)
在日コリアンの母親を持つ中根寧生氏が中学生だった2018年に、ブログでヘイトスピーチを受けたことについての損害賠償請求訴訟では、東京高裁が今年5月、「投稿は著しく差別的、侮辱的で読者に差別的言動をあおるもの。個人の尊厳や人格を損ない、きわめて悪質」とし、書き込みをした60代日本人男性に対し、1審の東京地裁判決よりも39万円増額し、130万円の賠償を命じました。刑事事件としては、川崎簡裁が侮辱罪で男性に科料9,000円の略式命令を出しています。
深刻な被害を受けた当事者が立ち上がり、関係者の尽力、世論の後押しで、裁判でのたたかいが切り拓かれています。
DHC差別広告を世論の力で削除させます
化粧品会社ディーエイチシー(DHC)が、2020年11月に会長名で公式サイトに在日コリアンを差別する文章を掲載していた問題では、ヘイトスピーチだと批判が相次いだにもかかわらず、2021年4月~5月に同会長は再びヘイト文章を掲載していました。
しかし、取引先企業や自治体などの社会的批判の広がりに、同社は、「ヘイトスピーチ解消法の趣旨を踏まえ、5月31日に文章を削除する。今後、同様の行為を繰り返さない」と表明せざるを得ませんでした。
同社と健康増進や地域活性化などの連携協定を締結していたいくつかの自治体では、「解消法」の趣旨に則り、協定解約、凍結を決定しました。
実態調査と差別解消に向けた計画策定を
「解消法」施行から5年、政府は施行後の実態調査を行っていません。
現状では、あからさまなヘイトデモはなくなってきていますが、手法を変えたヘイト街宣は続いています。今日増加しているインターネット上のヘイトスピーチも、かならずしも人種的憎悪にもとづかないものであっても、その現状把握と分析の上に、対策を講ずべき状況が生まれています。
政府は、ヘイトスピーチがどのような状況にあるのか、現状把握し、差別解消に向けた計画策定を行うべきです。
なお、2016年の法案国会審議の際、日本共産党国会議員団は以下のような修正を要求しました。
―――法案の名称を「ヘイトスピーチ根絶に向けた取組の推進に関する法律」とする。
―――何人もヘイトスピーチを行ってはならない旨の規定を設ける。
―――ヘイトスピーチの定義を、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」に換えて、「人種若しくは民族に係る特定の属性を有する個人又は集団(民族等)に対する、この社会からの排除、権利、自由の制限、民族等への憎悪又は差別の意識若しくは暴力の扇動を目的として、不特定多数の者がそれを知り得る状態に置くような場所又は方法で行われる言動であって、その対応が民族等を著しく侮辱、誹謗中傷し、脅威を感じさせるもの」との規定を置く。
―――「適法に居住する」との要件は削除する。
―――地方公共団体の責務は、「努めるものとする」に換えて、国と同様、「責務を有する」ものとする。
ヘイトスピーチ根絶へ政府の姿勢を根本から変えます
ヘイトスピーチはその根絶に向けて、政府が責任を持って取り組むべき問題です。
しかし、これまでの自公政権の立場は、積極的に取り組んでいるとは到底いえないものでした。
それどころか、数々のヘイトスピーチ事件を引き起こした在特会は、2006年の第1次安倍政権発足と前後して設立され、安倍晋三氏や高市早苗・政調会長など安倍氏周辺に連なる自民党極右政治家たちとの強い結びつきが幾度となく取りざたされてきました。
そもそも1995年に、「植民地支配と侵略」について謝罪した「村山談話」が発表された時、日本の多くの人々はこれを受け止めていました。そこに反発を強め、植民地支配と侵略戦争を否定し、政治問題化させたのは安倍氏ら自民党極右勢力です。
各種選挙に日本第一党などが立候補し、選挙活動として排外主義を繰り返すことなども許されません。
ヘイトスピーチを生むこうした政治的土壌を根本から変えるためにも、今度の総選挙で、自民党と極右の政治からの変革が求められています。
さらに、ヘイトスピーチ根絶に向け、人種、民族的属性、外国人であることを理由にした差別的取扱いを禁止する立法を検討すべきです。