11、ハラスメント
ハラスメント禁止を法律に明記し、制裁と被害者救済の体制強化を
2021年10月
「しつこく食事に誘われ、仕事のことを考えると断われない」、「話をしながら、肩や背中にさわってきて、『彼氏とはうまくいってるの?』などと聞いてくる」、「『男なのに育休をとるのか。戻った時、会社に居場所があると思うか』と言われた」、「『女のくさったような言い方をするな』などと言われる」――職場などで日常的にくりかえされるセクシュアルハラスメント、パワーハラスメント、マタニティハラスメント、パタニティハラスメントなどは、重大な人権の侵害であり、許されることではありません。就活ハラスメントやSOGI(ソジ=性的指向・性自認)ハラスメントも深刻です。
ハラスメントは、身体的・精神的な攻撃、過大な仕事を与える、過少な仕事しか与えない、人間関係から切り離す、上下関係に乗じて支配しようとする、私的なことに過度に立ち入るなど、様々な形態で人を傷つけ、痛めつけ、うつ病や退職に追い込んだり、命さえ奪ったりすることもある、決して許されない行為です。加害者に謝罪させることはもちろん、適切な制裁、防止措置、被害者への救済の強化が求められています。
都道府県労働局に寄せられる個別労働紛争相談内容では、職場における「いじめ・嫌がらせ」などのハラスメントは、2018年度には8万件を超え、2020年度は、この年施行の「労働施策総合推進法」にもとづくパワハラ相談1万8,363件と合わせて、9万7,553件となっています。
今年発表された厚労省の委託調査(東京海上リスクコンサル)では、過去3年間にパワハラを受けた人は31.4%、セクハラは10.2%(女性は12.8%)、マタハラは26.3%(過去5年に妊娠・出産した人が対象)、派遣先や取引先等顧客からのハラスメントは15%、就活中のハラスメントは25.5%に上っています。ハラスメントを受けても4割の人が「何もしなかった」と答え、その理由として半数の人が「何をしても解決にならないと思った」と答えています。勤務先も、ハラスメントを知っても「特に何もしなかった」が、パワハラで5割、セクハラで3割もあり、「(認定について)ハラスメントがあったともなかったとも判断されず曖昧だった」は、パワハラで6割、セクハラで4割もあります。
国際労働機関(ILO)は、世界的な#MeToo運動の盛り上がりやハラスメント対策への社会的な関心が高まる中、2019年に、「労働の世界における暴力とハラスメントを撤廃する条約」(190号条約)を賛成多数で採択し、防止・撤廃のための包摂的総合的な取り組みや、それらを定義し、禁止する法令の制定などを求めています。今年2021年6月に発効しています。
条約は、ハラスメントの定義について、「単発的か反復的かを問わず、身体的、精神的、性的または経済的害悪を与えることを目的とした、またはそのような結果を招く可能性のある一定の許容できない行為および慣行またはその脅威」としています。「ジェンダーに基づく暴力とハラスメントを含む」と特記し、女性の労働参加と定着、昇進を阻害する恐れがあると指摘したことも重要です。その対象は、働いている人はもちろん、インターンや修習生、訓練生、雇用が終了した人、ボランティア、求職者、就職志望者(就活生)などとされており、職場内はもちろん、通勤中、外出先、電話や電子メールなども含まれます。
ILO総会で、日本政府代表は、条約には賛成票を投じながらも、「国内法との整合性を検討する必要がある」として、条約批准をせず、ハラスメントそのものの禁止を明確にした法整備に背を向けつづけています。すでに議論は2018年には始まっており、国連女性差別撤廃委員会からは、職場のセクシュアルハラスメント防止のために、禁止規定と適切な制裁措置を盛り込んだ法整備を再三勧告されてきています。
しかし、2019年、女性活躍推進法、労働施策総合推進法、男女雇用機会均等法の改定でも、新たにパワーハラスメント防止対策を事業主の措置義務とする、としただけで、従来から防止措置義務があったセクハラを含め、ハラスメントそのものを禁止する規定は盛り込まれませんでした。労働組合や女性団体などは、国際条約を批准できる水準に見合った「ハラスメントの禁止規定の明記」を強く求めてきましたが、政府は"禁止規定を入れると損害賠償の根拠になる"などの使用者側の恐れに配慮して、禁止規定の明記を見送ったのです。法律には、ハラスメントの定義も、被害者への補償や救済も規定されていません。事業者への防止義務規定だけでは実効性が薄く、多くの人がハラスメントを受けても、相談せず、相談してもハラスメントがあったことの認定さえ曖昧にされ、被害者が配置転換をさせられ、体調を崩して退職せざるを得なくなるような実態があります。
2020年6月、日本共産党は、立憲民主党などとともに、国会に「業務等における性的加害言動の禁止等に関する法律案」を提出し、就活生やフリーランス(個人事業者)などに対するものを含め、セクハラ禁止と行為者に対する懲戒、更生のための研修の実施、相談体制の整備と専門的人材の確保、被害者の行う損害賠償請求についての援助等を提案してきました。
ハラスメント禁止規定の明記、被害者救済措置の強化を
世界では、ハラスメントの禁止を法律に明記し、罰則などを定めている国が少なくありません。スウェーデンやフランスなどでは、ハラスメントは差別だとして罰金を科すしくみがあります。日本は、セクシュアルハラスメント禁止規定がない世界189か国(地域)のうちの69か国(世界銀行調査)の一つという後進国です。
――男女雇用機会均等法や介護・育児休業法などの法律に、ハラスメント行為の定義、ハラスメントを禁止する規定を明記させ、被害者への補償や救済措置を規定させます。
ハラスメントに対して迅速、簡易な実効ある救済機関の設置を
セクハラについては、2006年の均等法改正で、事業主に対して相談窓口を設置する、事後に適切な対応をとるなどの防止措置義務を課し、違反した場合は、労働局が事業主に行政指導をすることができます。労働局の雇用均等室に寄せられた相談は、2020年度は、セクハラに関して6,337件で、そのうち是正指導されたのは1,941件にとどまっています。是正指導に従わなかった企業名を公表する制度はありますが、公表された事例は1件もありません。厚労省の2020年度調査では、「相談窓口の設置と周知」をしている企業は8割ありますが、「窓口担当者が適切に対応できるための対応」をしているのは4割など、「防止措置義務」の実態はお粗末です。
女性労働者がひどいセクハラ被害を受けても、上司や社長からの行為など、事業所で適切な対応がとられないことは少なくありません。しかし、それを労働局に相談し、「紛争解決の援助」「調停」などの仕組みを利用しても、労働局には、個々の事例について、それがハラスメントに該当するかを判断する権限は法律上与えられていません。セクシュアルハラスメントであると認定し、加害者に、行為の中止や謝罪、慰謝料の支払いなどを求めることはできない法律です。
司法に訴えたとしても、被害者側の「過失」が問われることになり、加害者側は、不法行為の「過失相殺」で賠償金の支払いを減らすために被害者を徹底的に非難することとなり、裁判に時間がかかる上、被害者はさらに痛めつけられます。勝訴していくらかの賠償金を得たとしても、多くは職場を去っており、心身のダメージ、屈辱感、自尊感情の破壊、PTSDに苦しみ、被害回復には程遠いのです。被害者の要求は、①セクシュアルハラスメントであることを認められ、②謝罪を受け、③2度とセクシュアルハラスメントが起きないようにすることです。
――ハラスメントの定義と禁止を明確にすることと合わせて、被害者がアクセスしやすく、迅速に調査・認定し、救済命令(行為の中止、被害者と加害者が接しない措置、被害者の雇用継続や原職復帰、加害者の謝罪と賠償など)を行う、政府から独立した行政委員会を設置することが不可欠です。行政委員会は、国と都道府県単位に設置し、ジェンダー差別問題、ハラスメント問題の専門家を委員に選任します。
――お茶くみやメガネ禁止、パンプスやミニスカートの制服など、女性のみに課されている職場での慣行をなくす規定を盛り込んだ法律を制定します。
――性的指向や性自認(SOGI)についてのハラスメントも対象であることを明記します。
就活中や顧客・取引先からのハラスメントも対象に
派遣先などの顧客先や取引先からのハラスメント、「著しい迷惑行為」を受けた人は15%(厚労省委託調査)となっていますが、現行法の予防措置は派遣元や取引先での対応を求めているにすぎません。
就職活動中や教育実習中のハラスメントも、4人に1人が被害を受けており、その内容は、一般的なセクハラと比べても、「食事やデートへの執拗な誘い」「性的な関係の強要」などが多くなっています。採用前の女性などに対して、その上下関係をもって支配しようという就活ハラスメントは、無防備な被害者に付け込んで、深く傷つけ、その後の人生を大きく変えてしまうこともあるもので、その根絶は急務です。
国際条約でも、インターンや就活生、求職者に対するハラスメントは禁止すべき対象とされています。男女雇用機会均等法第5条は、募集に関する差別禁止が規定されており、就職志願者も法の対象となっています。これをセクハラにも適用する法改正はすぐにでも可能です。
経団連は、ILO190号条約の審議のなかで、「取引先や顧客、就活生、フリーランス」を対象とした案に対して、求職中の人や採用選考の応募者は対象外とするよう求め、条約の採択に棄権しました。ほとんどの先進国では、経営者団体も賛成した中で、日本の経営者団体は、働く人々が健康で働き続けるための制度の確立に背を向ける、あまりに時代遅れで身勝手な態度をあらわにしました。
――ハラスメントの対象は、国際条約に基づき、取引先や顧客、インターンや修習生、訓練生、雇用が終了した人、ボランティア、求職者、就職志望者(就活生)なども対象とするようにします。
マタニティハラスメント、パタニティハラスメントなどをなくし、育児・介護休業を取得しやすい職場を
育児休業の取得者は女性では83%、男性は7.5%となっています。女性の場合、妊娠・出産で半数が退職をしており、働き続けられている人の取得率であり、妊娠・出産した女性全体でみると取得率は4割に過ぎません。
結婚、妊娠、出産などを理由とした不利益扱いそのものは均等法9条で禁止とされ、育児休業などについての不利益扱いは介護・育児休業法の10条、16条などで禁止とされていますが、各労働局に寄せられた相談件数(2020年度厚労省雇用・均等室まとめ)は、妊娠・出産等を理由とする不利益扱いは5,021件、うち是正指導は55件のみです。育児休業に関わっての不利益扱いについての相談は4,859件で、是正指導は30件のみです。いずれもかなり限定されています。不利益扱いとはされないものの、結婚、妊娠・出産、育休などについてのハラスメントについての相談は合計3,666件、事業所訪問などでの是正指導は5,088件となっていますが、「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」とされていることへの是正指導であり、ハラスメント行為者への対処がどれほどされたかは不明です。非正規雇用については、1年半後の雇用が明確でなければそもそも育休の取得対象から外されるなど、雇用契約を理由とした門前払いとなっており、不利益扱いやハラスメント対象であることを認めさせることに大きなハードルがあります。
2021年に介護・育児休業法が改正され、来年度中には、産後休暇中に男性も4週間(2回分割可能)まで育児休業が取得可能となります。ただし、労働者が合意した場合は、休業中に就労日を設けることも可能とされています。
今後、休業を希望する男性も増加すると思われますが、取得そのものや就労日をめぐってのパタニティハラスメントも増加する恐れがあります。そもそも、育児休業や育児時短などは労働者の申請によるものとなっており、職場でのハラスメントは申請そのものを妨げることに直結することになり、見過ごすわけにはいきません。
――介護・育児休業法などでの不利益扱いの範囲を広げるとともに、マタニティ・パタニティハラスメントそのものの禁止を明記し、全就業者を対象とした研修や機敏な相談体制、行為者への適切な制裁措置などを設けます。
教育、スポーツ分野などあらゆる分野で対策をすすめる
内閣府男女共同参画会議女性に対する暴力専門調査会は2019年4月、「セクシュアルハラスメント対策の現状と課題」を取りまとめました。そこでは、特に、教育、スポーツ分野において実態把握や取組状況の把握が十分でないと指摘されています。ハラスメントは、職場だけでなく、学校、大学、スポーツ団体などあらゆる分野で起きており、防止対策が急がれます。
――あらゆる分野でのハラスメントについて、国としての実態調査と、それぞれの分野に対応した相談・支援体制をつくります。