2025年3月29日(土)
きょうの潮流
非は認めない。トランプ米大統領の処世術の一つです。過ちを認めることは転落を意味する。虚勢を張ってでも、自身の「正しさ」をアピールしなければ。不動産業でのし上がった彼の行動原理なのでしょう▼この人の場合はどうか。県議会の百条委も、みずからが設けた第三者委員会の報告も、まともに受けとめず責任をとろうともしない兵庫県の斎藤元彦知事です。そのかたくなな姿勢は「とにかく非を認めない」と批判されています▼数々の疑惑を告発した元県民局長を、うそ八百、公務員として失格などとののしり、自死に追い込んだ反省はないまま。公益通報者保護法が禁じた告発者さがしについても、違法と断じられながら、いまだに「対応は適切だった」と▼いくつものパワハラが認定されても、自身への処分は否定しています。県には懲戒処分指針があり、これまで知事としてパワハラを行った職員に処分を科しておきながら▼真摯(しんし)に受けとめる、襟を正すと口ではいいながら、やるべきは「県政を前に進めていく」とごまかす。その県政も大型開発優先で住民のくらしをないがしろにしてきたのに。つくづく思うのは、デマを振りまき知事選で斎藤氏を応援したN国党の立花孝志党首と、それに加担していた維新の会の兵庫県議の罪の重さです▼最近は国内外で権力を握った人物のトランプ化が目立ちます。非を受け入れず、無法な行為も省みない。公人としても、人としても、ならぬふるまい。正すのは、それを許さない声です。