2025年2月21日(金)
シリーズ介護保険25年
訪問介護消滅 長野・高山村
国が報酬削減 事業所2→ゼロ
高齢者の在宅介護を支える訪問介護事業所が、各地で次つぎと休止・廃止に追い込まれています。昨年4月に自公政権が訪問介護の基本報酬を2~3%削減したことで、事業所の消滅が加速。訪問介護事業所がない自治体は昨年12月末時点で全国107町村となり、わずか半年で10町村増えました。昨年夏まで二つあった事業所が、ドミノ倒しのようにゼロになった長野県高山村では―。(本田祐典)
![]() (写真)「いずれ訪問介護のお世話になる。事業所を再開してほしい」と語った女性(77)。まだ村民の多くは事業所の消滅を知らないといいます=2月上旬、長野県高山村 |
「村内の訪問介護事業所が本日限りで休止したいというが、承知しているか」。昨年10月29日、長野県から高山村に緊急の連絡が入りました。
村健康福祉課の黒岩慎課長は「それまで何も聞いていなかった。すぐに社長を呼んで状況確認したが、明日からサービス提供できないということだった」と語ります。
休止した民間事業所を利用していた高齢者は、訪問介護と介護予防訪問介護を合わせて計46人(うち村内27人)にのぼりました。訪問が打ち切られれば、たちまち生活が困難となる恐れがあります。
休止したのは村内唯一の訪問介護事業所でした。もともと訪問介護を行っていた高山村社会福祉協議会(村社協)が1カ月前の昨年9月末に休止し、この事業所が全利用者を引き継いでいました。
村内の事業所がゼロになった経緯は、(1)一昨年12月から昨年3月末にかけて、村社協が訪問介護の利用者20人弱を民間事業所に移す(2)昨年9月末、村社協が訪問介護を休止(3)同10月29日、民間事業所が休止の意向を県に連絡―というものでした。
なぜ、こうした事態に至ったのか。関係者の証言から、事業所運営の不備だけでなく、介護業界全体の人員不足や国による報酬削減などで疲弊した経過が見えてきました。
減収補おうと激務 疲れ果て
![]() ![]() (写真)高山村社会福祉協議会の宮川裕明事務局長(中央左)から訪問介護休止の経緯を聞く山嵜秀治(中央右)、湯本辰雄(右端)の両村議=2月上旬、長野県高山村 ![]() (写真)突然休止した訪問介護事業所の利用者を引き継いだNPO法人良風来の松沢豊美理事長(右)から経緯を聞く日本共産党の久保田克彦市議=2月上旬、長野県須坂市 |
「私がやめれば、介護を待っている利用者が困る。でも、体が動きませんでした」。長野県高山村で訪問介護にたずさわっていた女性が語ります。
女性は昨年10月29日まで村内唯一の訪問介護事業所でサービス提供責任者を務めました。精神的な不調で勤務できなくなり、退職を申し出ました。
ヘルパー連続退職
この事業所では、ヘルパーら職員5人が昨年6月から10月の短期間に退職。5人目に冒頭の女性が辞め、国が定める訪問介護の人員基準(常勤換算2・5人以上)を満たさなくなりました。同日、事業所は県に休止の意向を伝えました。
退職や休止は避けられなかったのか。日本共産党の山嵜(やまざき)秀治村議とともに事業所を訪ねました。
事業所を運営していた株式会社の代表は、職員退職の経緯を次のように語りました。「最初の2人は家族の介護や子育てのためでした。3人目は交通違反で車を運転できなくなった。4人目は、育成に力を注いできた若手が突然いなくなりました。その若手を育成したサービス提供責任者もショックと疲労で倒れました」
最後に退職したサービス提供責任者(冒頭の女性)は休養を経て復職し、取材にも応じました。職員らが疲弊した背景に、昨年4月の介護報酬引き下げがあったといいます。減収を補おうと訪問回数を増やすなどして、業務の過密化を招きました。
証言1 休止した事業所のサービス提供責任者
若手職員が昨年10月に退職代行業者を使って辞め、私も心が折れました。訪問介護は利用者の生活やその人らしさに寄り添う魅力的な仕事です。ただ、昨年は疲弊しました。
国が報酬を下げたので、減収を補うため訪問回数を増やしました。対応が難しい利用者も拒まず「プロとして良い介護を」と思っていたので、よりエネルギーを使いました。
国は「報酬引き下げの代わりに処遇改善加算を増やしたから取れ」というけど大変でした。研修に時間を割き、何度も書類を出し直して昨年7月に取れました。加算は賃上げに使うもので、事業所経営は改善しない。取得の労力は無報酬です。なんで、こんなに疲れさせるのでしょうか。
この事業所は2023年4月の開設から半年で黒字化したといいます。しかし、その半年後に、国が報酬を引き下げました。
◇
休止の連絡を最初に受けた県長野保健福祉事務所は、すぐに休止せず利用者46人の受け入れ先を探すように指導しました。
ところが、村内には受け入れ先がありません。村社会福祉協議会(村社協)の訪問介護事業所も昨年9月に休止していました。利用者のケアマネジャーらは、隣接する須坂(すざか)市や小布施(おぶせ)町の事業所を頼りました。
利用者を突然引き継いだ事業所では、人員体制がひっ迫しています。久保田克彦・党須坂市議と市内の「NPO法人良風来(りょうふうらい)」を訪ねると、サービス提供責任者が「8人引き継ぎ、うちも訪問数が限界。新規受け入れが難しくなる」と訴えました。
証言2 利用者を引き継いだNPO法人良風来
中山間地の訪問介護はどうやっても赤字にしかならない。なぜ国が報酬を引き下げたのか理解できません。高山村の民間事業所休止も驚きましたが、もっとショックだったのは村社協が先にやめたことです。不採算だからこそ、公的な役割がある村社協や村が頑張るべきです。(松沢豊美理事長)
昨年10月末、「事業所が閉まるので、明日からお願い」とケアマネジャーに頼まれて当初4、5人から最終的に8人受け入れました。高山村でもとくに山間部は大変で、ガソリン使用量や移動時間も増える。事業所が一つ減ったせいか新規も増え、そろそろ受け入れの限界です。(サービス提供責任者)
社協も再開できず
この良風来をはじめ、休止のしわ寄せを受けた複数の事業所から「なぜ公的役割がある村社協が先に事業所を閉めたのか」と疑問の声があがっています。
村社協の宮川裕明事務局長は「村外で支えていただき、大変申し訳ない。村内に事業所が必要だ」と語ります。他方で、訪問介護を再開しようにも人員不足や赤字が深刻で「社協の力だけでは解決できない」といいます。
証言3 村社会福祉協議会の宮川裕明事務局長
村の利用者を受け入れた須坂市や小布施町の訪問介護事業所が地元の新規利用者を受け入れられなくなっているのであれば、大変申し訳ないです。
社協の訪問介護を休止したのは、ヘルパーの高齢化などで人員基準を満たすのが困難だからです。また、社協の介護事業は長らく赤字が続いてきました。訪問介護の再開には、パートだけでなく常勤職員も必要です。いまの社協の正規職員数ではその体制が組めない。長く正規採用してこなかった面もあります。昨年は募集しても応募ゼロでした。
村の高齢者(65歳以上)人口は約2400人。村の推計では、今後5年間で要支援・要介護の認定が1割程度増加(2030年に448人)します。
村内で暮らす女性(77)は、玄関前で雪かきしていた手を止めて「訪問介護の事業所なくなったの? 私もそのうちお世話になるつもりだった。自宅で暮らし続けたいから、再開してほしい」と語りました。
山嵜村議は「国が報酬引き下げを強行した後、訪問介護事業所の声をよく聞いて村独自の援助も検討すべきだと村議会で求めてきました。にもかかわらずゼロになったのは残念です。村の責任で社協の訪問介護を再開する支援策を示すべきです」と話しています。
制度“崩壊”の現状・打開策は…
介護保険制度創設から今年4月で25年です。国が制度改悪や介護報酬削減を連続して実施してきた結果、必要なサービスが受けられないなど制度“崩壊”が起きています。介護保険の現状と打開の方向をさぐる新シリーズを始めます。現場の実態や、体験など情報提供を募集します。メール=hensyukoe@jcp.or.jpか、ファクス=03(3350)1904に特報チーム宛てでお寄せください。