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2020年11月15日(日)

学術会議介入Q&A

国民全体の問題です

もの言えぬ社会にしないために

 菅義偉首相による日本学術会議への人事介入問題。抗議する声がやみません。学協会や大学人の抗議声明は950を超え、自然保護団体、消費者団体、映画人、演劇人、作家、ジャーナリスト、宗教者まで幅広い団体・個人が抗議の声をあげています。そもそも学術会議とはどんな団体で何をしているのか、任命拒否のどこが問題か、Q&Aで考えました。


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(写真)菅政権の学術会議人事介入に抗議し声を上げる人たち=12日、東京・新宿駅西口

  理由も示さずに任命を拒否するのはたしかに問題だと思うが、一部の学者の問題で一般の市民には関係ないのでは?

  この問題は、任命拒否された6人の研究者だけの問題ではなく、日本学術会議だけの問題でもありません。国民全体の問題です。「国の最高権力者が『意に沿わないものは理由なく切る』と言い出したら、国中にその空気が広がる」(山極寿一・前学術会議会長、「朝日」10月22日付)からです。“もの言えぬ社会にしていいのか”が問われるのです。

 菅政権は人事権をふりかざして官僚を支配し、懐柔と圧力でメディアを支配し、そして今度は学問の世界まで支配しようとしているのです。

 抗議の声をあげている団体・個人も、今度はわれわれだと警鐘を鳴らします。映画人有志の声明では、「この問題は、学問の自由への侵害のみに止(とど)まりません。これは、表現の自由への侵害であり、言論の自由への明確な挑戦です」「今回の任命除外を放置するならば、政権による表現や言論への介入はさらに露骨になることは明らかです。もちろん映画も例外ではない」と指摘します。

 日本消費者連盟も「次に来るのは市民活動に対する締め付けであり規制の強化であることは容易に想定できます」とのべています。

 宗教団体・生長の家は「今の時代、科学的真理の探究を操作しようとする政治が、宗教的真理の探究を尊重するなどということはあり得ない」として、反対の声をあげています。

 山極氏は、任命拒否が権威に忖度(そんたく)する傾向を強め、「着実に全体主義国家への階段を上っていくことになる」(同前)と警告しています。この言葉をひいて追及した日本共産党の志位和夫委員長は「強権をもって異論を排斥(はいせき)する政治には決して未来はありません」と指摘しました。

学術会議ってどういうもの?

何をしている組織?

あらゆる社会問題に提言

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(写真)日本学術会議事務局=東京都港区

  学術会議ってどういう組織で、何をしてるの?

  現代の社会では、地球温暖化の対策で何をすべきか、高齢化社会ではどんな施策が必要か―などあらゆる問題で、国が適切な方向を取るには、基礎となる科学の裏付けが不可欠です。

 日本学術会議は、人文社会、生命科学、理学・工学など日本の全分野、約87万人の科学者を代表し、こうした課題に応える活動をしています。調査、会議、シンポジウムなどを行い提言などを出します。

生活に密着の提言

 今年だけで9月末までに83本の提言・報告を提出。生活に密着した提言も多く、9月25日の提言「我が国の子どもの成育環境の改善にむけて」は、児童虐待、子どもの貧困、若者の自殺率の高さなどの課題をあげ、「関連の予算、投資の少なさが際立ち、その方向転換が望まれる」としています。

 9月29日の提言「『同意の有無』を中核に置く刑法改正に向けて」はテレビニュースでも紹介され反響を呼びました。法務省の「性犯罪に関する刑事法検討会」でも資料として配られています。

「政府施策に貢献」

 学術会議は、科学を発展させ、行政や産業、国民生活に生かすことを目的に1949年に創設されました。科学の成果を生かさなければ産業や国民生活の発展もおぼつきません。2004年の衆院文部科学委員会では、当時の茂木敏充科学技術担当相が「南極観測の開始、国立公文書館設置などの勧告、要望が具体化されることで政府の施策に貢献してきた」と学術会議の役割を評価しています。

 2011年の東日本大震災では、福島原発事故の放射線量調査、事故対応へのロボット活用、被災者の救援と復興など、6次にわたる緊急提言を発表し、科学的な対策を次々と政府に求めました。

世界の学界と連携

 日本の学界を代表して世界の学界と連携し科学の進歩、人類社会の福祉への貢献も使命に掲げます。アジア学術会議の事務局を務めるほか、国際科学会議の会長を務めたこともあります。

 時の政府の思惑にかかわらず、科学的事実、真理を提供するために法律で政府からの独立が保障されています。戦前、科学者が戦争に協力した歴史の反省に立ち、軍事目的の研究をしない立場を貫いています。

各国にもあるの?

公的資金で運営

表:主要国アカデミーの根拠法・地位・予算

  他の国にも学術会議はあるの?

  世界各国にも、その国の学術界を代表する科学アカデミーとされる団体があります。国により、非営利の民間団体か国の機関かなど形態に違いはありますが、どの国でも政府から独立していると同時に、公的な資金が提供されています。

 ドイツの場合100%公的資金、アメリカの全米科学アカデミーは民間団体ですが、資金の80%が連邦政府から出ています。(03年日本学術会議調査報告から)

 日本学術会議には年間約10億円の予算が使われていますが、各国と比べて貧弱です()。10億円のうち事務職員(内閣府)の人件費が4億4千万円、国際学術団体の分担金が1億5千万円と予算の6割を占めます。

後任選び閉鎖的?

多重的な審査へて選考

  菅首相は学術会議を「閉鎖的で既得権益になっている」と攻撃していますが、本当はどうなのですか?

  会員は、「優れた研究又は業績がある科学者」から、学術会議自らの選考によって推薦されます。世界各国のアカデミー機関が共通してとっている方法です。科学者の業績の評価はその分野に通じた科学者でなければできず、同時に学問分野の枠だけにとらわれない多様な観点から判断する必要があるからです。

 「協力学術研究団体」に登録された約2000の学会から情報提供される名簿(約1000人)と、会員210人や連携会員2000人から推薦された名簿(約1300人)をもとに、分野ごとの選考分科会で審査したうえで会員選考委員会が最終的な会員候補を判断し、総会での承認をへて推薦名簿が確定されます。

 このように多重的な審査をへて選考されるので、菅首相のいうような「会員が自らの後任を指名する」ことはできないのです。

 菅首相は「産業界や若手が少ない」といいますが、大学が「学術の中心」(学校教育法)であり、会員の多くが大学教員となるのは必然性があります。

 近年、政府の大学予算削減によって若い研究者が減少し、その研究環境も悪化するなかで、若手が会員になることは大きな困難をともないます。そうしたなかでも、学術会議をサポートする連携会員に若い研究者を任命し、「若手アカデミー」を組織することで、若手の視点からの活動に力を入れているのです。

既得権益どころか献身的

表:年間1人あたりの手当・旅費(今年度予算)

 会員になれば、自らの研究時間を削ってでも学術会議の仕事に責任をもたなければなりません。他方で給与や年金は出ず、会議や出張の際に1万9600円の手当と旅費がでるだけです。それも年度末には予算不足で支給されないことが多く、相当の私費を持ち出しているのが実態です。既得権益どころか献身的に活動をになっているのです。

任命拒否のなにが問題?

何が起こったの?

理由示さず6人外した

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(写真)日本学術会議第181回総会=10月1日、東京都港区

  任命拒否とはどういうこと? 何が起きたの?

  学術会議の会員は、日本学術会議法で210人と定められています。任期は6年で再任はされません。3年ごとに半数が任命されます。(第7条)

 今年が半数任命の年にあたるため、学術会議は安倍内閣時の8月31日に内閣府あてに105人の名簿を提出しました。法律にのっとるなら、この推薦どおりに任命されるはずでしたが、10月1日の学術会議総会時に発令されたのは99人だけだったのです。

 この任命拒否は、10月1日付の「赤旗」報道で発覚。他のメディアも大きく報道し、大問題になりました。

 菅首相がその後、国会で説明した経緯によれば、9月22日か23日に杉田和博官房副長官から任命に関する相談があり、105人全員ではなく99人を任命する旨を「私自身が判断」し、杉田副長官を通じて内閣府に伝達。24日に内閣府が99人を任命する決裁を起案、28日に首相が決裁したとしています。

 学術会議側は9月28日夜に任命拒否の理由も示されないまま6人の除外を知らされ、山極寿一会長(当時)が任命拒否の理由を示すよう菅首相あてに文書を提出したものの、政府からの説明はありませんでした。学術会議は梶田隆章新会長のもと、(1)任命拒否の理由の説明(2)6人の任命を要求していますが、政府からの回答はなく、今日まで6人の任命拒否という違法状態が続いています。

首相の言い分は?

支離滅裂でなりたたない

  菅首相は任命拒否の理由について、「総合的・俯瞰(ふかん)的に判断した」「(会員が)一部の大学に偏っている」「多様性が大事」などと言っていますが…?

  首相の説明はくるくる変わり、支離滅裂、どれも破たんしています。

 まず、「総合的、俯瞰的に判断した」といいますが、日本共産党の志位和夫委員長に「6人を任命すると学術会議の総合的・俯瞰的活動に支障をきたすのか」と問われ、言葉に窮したうえ「人事に関することであり、お答えは差し控える」と説明できませんでした。

 東大など旧帝国大学など「一部の大学に偏っている」といいながら、なぜ私立大学からの3人を拒否したのか、なぜその大学から1人という研究者を拒否したのかも説明不能。「多様性が大事」といいつつ、女性の研究者を拒否した理由も同様に答えられませんでした。

 だいたい、学術会議は首相に言われるまでもなく、「ジェンダーや地域、あるいは所属機関の違いも考慮して、科学者コミュニティーの多様なありかたがなるべく反映されるように苦心を重ねている」(10月29日の幹事会後の記者会見)のです。実際、2005年と20年を比べると、東京大学と京都大学の比重は35・2%から24・5%へ減少、関東以外の地方から選ばれた会員の比率は36・7%から49・0%へ、女性の比率も20・0%から37・7%へと上昇しています。

 首相は、正当化論がことごとく破たんしたなかで、苦し紛れに“以前は内閣府と学術会議で一定の調整が行われていた”という「事前調整」論を言い出しました。「以前」とは17年のことです。しかし、当時の会長・大西隆氏が「首相のいう『調整』が推薦名簿の変更を意味するのであれば、調整した事実はない」ときっぱりのべています。「事前調整」論は、今回の任命拒否の原因が「調整がなかったから」として学術会議側に責任をなすりつけようとする卑劣なウソにほかなりません。

「適切に対応」というが…

学術会議法に真っ向違反

  首相は任命拒否について「法的に適切に対応した」といっていましたが…。

  任命拒否は「適切」どころか、日本学術会議法に真っ向から違反しています。

 学術会議法は、その全体を通して政府からの独立性を幾重にも保障するものとなっています。第3条で政府から「独立して…職務を行う」ことをうたい、第4条と5条で、政府は学術会議に対して「諮問」ができ、学術会議は政府に「勧告」ができる相互に独立した関係が規定されています。

 会員の任命についても、第7条で学術会議の「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」とされ、第17条でその基準について「優れた研究又は業績がある科学者」のうちから選考・推薦するとされています。さらには辞職や「不適当な行為」による退職でも、学術会議の「同意」や「申出」が必要とされるなど、実質的な人事権を全面的に学術会議に与えているのです。

 政府も、「内閣総理大臣の任命」は、「形式的任命にすぎない」(中曽根康弘首相)「推薦していただいた者は拒否しない」(丹羽兵助総務長官、いずれも1983年)と答弁し、この解釈を一貫させていました。

 今回、菅首相は「必ず推薦の通りに任命しなければならないわけではない。内閣法制局の了解を得た政府としての一貫した考え」と突然言い出しました。しかし、志位委員長が「了解を得た」のはいつかと追及すると、井上信治科学技術担当相は「平成30(2018)年11月5日だ」と答弁。「一貫」どころか「わずか2年前」のことで、しかも国会にも報告せず、学術会議会長にも知らせない、密室のやりとりだったことが判明しています。

 首相の任命拒否は、学術会議法に違反するだけでなく、立法時の政府答弁を覆すもので立法権の侵害でもあります。

学問の自由に影響ない?

現実に脅かされている

  首相は任命拒否が「学問の自由」に影響を与えるとか、侵害するとは考えていないと言っているようですが…。

  影響がないどころか、任命拒否された教授や指導されている学生に誹謗(ひぼう)中傷が向けられています。

 10月29日に放映されたNHKの「クローズアップ現代+」では任命拒否された立命館大学の松宮孝明教授が「今回の問題の直後からSNSにデマを基にした批判的なメッセージが届くようになった」と証言しました。また、任命拒否された教授に指導されている学生にも誹謗中傷のSNSが投稿され、「就職活動に不安を覚える学生は少なからずいると思う」との訴えも紹介されました。

 研究テーマの選択や政府見解の検討において、萎縮や忖度(そんたく)が起こることを懸念する声もあがっています。

 志位委員長はこうした内容を紹介し、「あってはならないことだとは思わないか」と首相に迫りました。首相は「あってはならないが、どういう理由(で任命拒否した)かを公表はできない」と人ごとのような態度に終始しました。

「学問の自由」なぜ規定?

歴史の反省踏まえ明記

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(写真)滝川事件を報じる「帝国大学新聞」1933年4月10日付

  憲法で「学問の自由」を規定している国はそう多くはないと聞きました。

  その通りです。多くの国では、「思想の自由」や「表現の自由」に「学問の自由」は含まれていると解釈され、「明文で特別に保障する外国憲法の例は、意外と少ない」(芦部信喜『憲法学III』)のが実態です。

 それなのに、日本国憲法には「思想及び良心の自由」(第19条)や「表現の自由」(第21条)のうえに、第23条で「学問の自由」が規定されています。それは、歴史の反省を踏まえてのものです。

 日本による中国東北部への侵略戦争(「満州事変」)が開始された1931年以降、学問への弾圧が相次ぎます。京都大学の刑法学・滝川幸辰(ゆきとき)教授の追放(滝川事件、33年)、当時の憲法学の通説だった「天皇機関説」にたった美濃部達吉氏の著作の発禁処分(天皇機関説事件、35年)などです。

 これらの弾圧は、全ての国民の言論、表現の自由への圧殺へとつながり、侵略戦争による破滅へと至りました。この歴史の反省から、憲法で「学問の自由」が独立して明記されたのです。

 学術界全体でも、日本学術会議の前身・学術研究会議(1920年設立)の独立性が完全に奪われ、会長も会員も推薦によらない内閣の任命になり、軍事研究への総動員体制がつくられました。45年時点で、学術研究会議には、「国民総武装兵器」「勤労管理」「噴射推進」「電波兵器」「非常事態食糧」など10の特別委員会が設置され、戦争遂行のための研究をさせられたのです。

 戦後、日本学術会議第1回総会で、採択された声明では「これまでわが国の科学者がとりきたった態度について強く反省し、今後は、科学が文化国家ないし平和国家の基礎であるという確信の下に、わが国の平和的復興と人類の福祉増進のために貢献せんことを誓う」と宣言しました。

 学術会議の政府からの独立もこうした痛苦の歴史の反省を踏まえたものだったのです。


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