2020年8月19日(水)
主張
「敵基地攻撃」論
憲法も現実も無視した暴論だ
安倍晋三政権は、敵の弾道ミサイルを迎撃する「ミサイル防衛」システムの一つ、「イージス・アショア」の配備断念を受け、ミサイルの発射基地そのものを直接破壊する「敵基地攻撃能力」の保有について検討を進めています。自民党は同能力の保有を求めた提言を安倍首相に提出し、首相も「提言を受け止め、しっかりと新しい方向性を打ち出し、速やかに実行していく」と意欲的です(今月4日)。しかし、敵基地攻撃論は、憲法も、国際法も、現実も無視した極めて危険な暴論です。
自衛の範囲に入らない
敵基地攻撃能力の保有は、北朝鮮の弾道ミサイルの脅威を口実に、自民党がたびたび求めてきました。しかし、政府がこれまでその保有に公然と踏み込めなかったのは、従来の憲法上の立場を踏み越えるからです。
自民党の提言は、同能力の保有を正当化するため「誘導弾(=ミサイル)等による攻撃を防御するのに、他に手段がないと認められる限り、誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能」とした政府答弁(1956年2月29日、衆院内閣委員会、鳩山一郎首相、船田中防衛庁長官代読)を引用しています。
しかし、この答弁には提言が触れていない続きがあり、「他に防御の手段があるにもかかわらず、侵略国(相手国)の領域内の基地をたたくことが防御上便宜であるというだけの場合を予想し、そういう場合に安易にその基地を攻撃するのは、自衛の範囲には入らない」と明確に述べています。
その後の政府答弁でも、敵基地攻撃を「法理的には可能」としたのは「国連の援助もなし、また日米安全保障条約もないというような、他に全く援助の手段がない、かような場合における憲法上の解釈の設例としてのお話」であって、「こういう仮定の事態を想定して、その危険があるからといって平生から他国を攻撃するような、攻撃的な脅威を与えるような兵器を持っているということは、憲法の趣旨とするところではない」(59年3月19日、衆院内閣委、伊能繁次郎防衛庁長官)と説明されてきました。これらに言及しない自民党の提言はあまりにご都合主義です。
敵基地攻撃は、弾道ミサイルの発射直前か直後が「有効だ」という議論があります。しかし、どこに向かうか分からない発射直前や直後の攻撃は先制攻撃にほかならず、明白な国際法違反です。
しかも、防衛省の2020年版「防衛白書」によると、北朝鮮は弾道ミサイルの発射台が付いた移動式車両を最大200両保有しているとされます。ミサイルは地下施設に隠され、移動式車両から発射されるため、「詳細な発射位置や発射のタイミングなどに関する個別具体的な兆候を事前に把握することは困難」としています。
日本防衛には意味ない
たとえ敵基地攻撃でその一部を破壊できたとしても、残りのミサイルが発射されれば甚大な被害は免れません。専門家からも「日本防衛には無意味」との指摘が上がっているのは当然です。
敵基地攻撃能力の保有には、兆単位の軍事費が必要とされます。そうした莫大(ばくだい)な費用を軍拡につぎ込むのはやめ、コロナ禍に苦しむ国民の暮らしと営業の支援に回すべきです。