2020年5月17日(日)
2020焦点・論点
コロナ拡大とIRカジノ
静岡大学教授(国際金融論) 鳥畑与一さん
3密のビジネスモデル終焉 「成長戦略」の幻想と決別を
新型コロナウイルス感染拡大のなか、いま世界のカジノに営業停止、閉鎖が広がっています。日本進出を画策していた世界最大のカジノ企業、米ラスベガス・サンズが撤退を表明した動き(13日)もあります。日本政府が導入を目指すIR(統合型リゾート)カジノは「終焉(しゅうえん)を迎えた」という静岡大学教授(国際金融論)の鳥畑与一さんに聞きました。(竹腰将弘)
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―新型コロナウイルス感染防止のための不要不急の経済活動停止で、世界中のカジノに閉鎖が広がっています。
アメリカでは、商業カジノと部族カジノ(いわゆるインディアンカジノ)を合わせて989あるカジノ施設が4月までにすべて営業停止となり、壊滅状態です。
一部の州で規制緩和の動きはありますが、現在までのところ再開は17カ所だけで、市場として再開の見込みはたっていません。年間収益(客の負け額)741億ドル(約8兆円)の巨大市場が突然消えてしまったわけです。
マカオは、2月5日から2週間の閉鎖に追い込まれ、感染対策を講じた後再開しました。
ところが、国際観光客の入国制限が段階的に強化されるなかで客足がもどらず、2月は9割減、3月は8割減、4月の収益は97%減と激減している。いまはカジノを再開しても客足が戻らない現実がはっきりしました。
シンガポールは、観光客受け入れ制限が段階的に強められる中で4月からカジノは完全閉鎖です。
アジアではフィリピンを含め主要カジノは閉鎖状態。ヨーロッパもいうまでもない状況です。
―今後の見通しは。
コロナ感染が収束して、カジノが再開したとしても、V字回復、正常化にこぎつけられるのかというと、それは怪しいといわざるをえません。
例えばラスベガスがある米ネバダ州のカジノ監督機関は再開の条件として、社会的距離(ソーシャル・ディスタンス)のためスロットマシンの客同士の距離をあけ、テーブルごとの客数も制限することを求めています。再開しフル操業になったとしても、これまでのようにカジノフロアにスロットマシンを詰め込み、テーブルに客を詰め込んで、高収益をあげることはもう無理だということです。
空路での客の移動がどこまで回復するのか、典型的な「3密」状態のカジノに客が戻ってくるのかということも含めて、カジノの高収益性が根本的に様変わりしました。
この状態は1年、2年と続くことになります。今回のコロナウイルスへのワクチンが開発されたとしても、世界はこうしたパンデミック(世界的流行)が繰り返される危険性を抱え込んだわけで、大きな意味での成長性は失われたといえます。
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―苦境のギャンブル業界ではランド(地上型)カジノからオンラインカジノ(コンピューターネット上で仮想的に開帳するカジノ)への構造転換も進んでいます。
ランドカジノという大規模な施設を持って、窓もない閉鎖空間に客を詰め込み、24時間365日、賭けを続けさせるというビジネスモデルが成長基盤を失い始めています。
国際的にはオンラインカジノが成長しており、ヨーロッパゲーミング協会のデータでもギャンブル業界全体のシェアでオンラインが13%から16%に増えています。オンラインでもデスクトップからスマホに移行していて、いまランドカジノ市場が閉鎖されているなか、オンラインに大規模に流れ込む動きが加速しています。
ランドカジノの高収益性を収益エンジンとして、国際会議場や展示場などカジノ以外の巨大施設をつくり、そこに100億ドル(約1兆700億円)規模の投資を注ぎ込むというのが、従来のIRです。
カジノの高収益を使って、とにかく客を大量に集め、その客をカジノに誘導し、巨額の収益をあげるというIRのビジネスモデルは終焉を迎えています。
少なくとも、日本のIRに100億ドルを投資し、国際観光産業をひっぱっていくとか、日本経済の成長を推進していくとか、そんな前提は完全に崩れ去ったと言えます。
―コロナによる急激な収益悪化で、日本のIRに巨額投資ができるようなカジノ企業は無くなったともみられています。
日本進出をねらっているカジノ企業というのは、実は非常に格付けが低く、10年間に11%が破たんするとされるような投機的(危険)な格付けをされています。
それはカジノという商売が安定性を欠くということと、カジノの高収益をあてにして過大な投資と株主還元を行うために、過剰債務を抱え、その借金の借り換えでまわしていくような商売をやっていることからきます。もともと経営基盤がぜい弱で、ハイリスク・ハイリターンの商売とみなされています。
日本進出をもくろむカジノ企業は、ラスベガス・サンズにしろ、MGMリゾーツやメルコリゾーツにしろ、ラスベガス、マカオ、シンガポールのカジノを収益源としています。それが軒並みゼロ収益となる中で巨額の赤字が続き、手元資金が枯渇する恐れも出てきています。
―政府はそれでも、来年1月から7月に、誘致自治体が国への申請を行うスケジュールを変えないとしています。
成長性を失ったカジノに日本経済の「成長戦略」を求めるというのは、もうお笑いの世界といわなければなりません。
今後、日本進出を目指すというカジノ企業があるとすれば、コロナを乗り切るために経営体力を消耗し、過剰債務を抱え込み、その返済のために目先の利益を求めて来る企業です。そんな強欲な企業に地域経済の振興を期待するというのは、毒まんじゅうを食らうようなものです。
誘致自治体は、今回のコロナ感染によってカジノ市場がどのように変貌したのか、カジノ企業がいまどういう経営状況に追い込まれているのかを、しっかり見極める作業をやらなければなりません。計画を中断し、予算や人的資源をコロナ感染対策にまわすべきです。
これは1年、2年、先に延ばせば元に戻るということではありません。衰退した海外のカジノ企業に地域社会の運命を委ねるような愚行、誤った選択をすべきではありません。
政府と自治体は、IRカジノによる成長という幻想と決別し、国民のいのちと暮らしを守ることに力を注ぐべきです。
■世界のカジノは壊滅状態
マカオ
世界最大のIRカジノ集積地。米国のサンズ、MGM、ウィン、地元資本のSJM、メルコ、ギャラクシーの6社が41のIRカジノを開き、年間3.9兆円を売り上げる。コロナ感染拡大で2月5日から15日間営業停止に。同20日から一部施設は再開したが、海外客の入境制限が続き、閑散とした状態が続く
米国
ラスベガスの46施設をはじめ全米にある商業カジノ、部族カジノ(いわゆるインディアンカジノ)989施設すべてが4月までに営業停止に。再開は規模の小さい17施設のみ
シンガポール
米資本サンズ、マレーシア資本ゲンティンが運営する2カ所の巨大IR。日本のカジノ構想の「手本」とされる。4月7日から営業停止
アジア・オセアニア
韓国、フィリピン、カンボジア、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランド、サイパン、インド、ネパールなどすべてのカジノが閉鎖
ヨーロッパその他
各国でカジノ一斉閉鎖