2020年4月20日(月)
独ベルリン 即時の文化支援
存在脅かされる人に早く助けを
国籍問わず全ての人に60万円
現地ライター 河内秀子さん寄稿
ドイツの首都ベルリン市(州相当)政府が3月27日から開始したフリーランス向けの新型コロナ経済対策。この施策の内容と背景についてベルリン在住のライター、河内秀子さんに寄稿してもらいました。
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「アーティストは、いま生きるために必要不可欠な存在である。誰も置き去りにはしない」という、ドイツ連邦政府の文化相モニカ・グリュッタースの演説が有名になった。約束したのは500億ユーロ(約5・92兆円)の「即時支援」だ。
しかし、アーティストから高い評価を得たのはベルリン独自の「即時支援」だった。
審査は必要なし
南ドイツなどに比べ、感染者数が少なく、大規模イベントの中止も遅かったベルリンだが、3月11日の世界保健機関(WHO)のパンデミック(世界的流行)宣言を受け、劇場や博物館の休館が決まった。同18日、フリーランス個人と従業員(フルタイム)5人までの零細企業を対象に5000ユーロ(約60万円)の即時支援金を給付することが決まり、詳細もわからないままに、27日正午、オンラインでの申請がスタートした。2万人の予想に対し15万人が詰めかけてサーバーが落ちたが、翌日にはスタッフを増やし、申請処理のスピードをアップ。
クラウス・レーデラー副市長(兼文化・欧州相)は、月末ということもあって、とにかく給付までの早さを重視したという。申請の時点では、経済状況の証明もなにも必要なく、困窮状態の詳細を説明する必要もない。自己申告のみだ。
まず生き延びる
州の規模も異なるので簡単に数字を比較するのは難しいが、ドイツでも3本の指に入る大きな負債を抱えるベルリンという州がなぜ、このような早い決断をすることが可能だったのだろうか。
「可能だった」のではない。「可能にした、そうしなければいけなかったのだ」と、レーデラー氏はいう。「もちろん、最終的にどこかにツケが回ってくることはわかっています。でも、いまその存在自体が脅かされているような人たちがいるならば、まず、何よりも早くそうした人々を助けなければ」。詳細な審査は後にすればいい。生き延びてもらうことが先決だと、レーデラー氏は強調する。
この即時支援金は、フリーランスで、納税者番号さえあれば、誰でも申請が可能だったことも、重要な点である。国籍も問われない。この街で働き、暮らし、コロナ禍で困窮する状態になっている人、全てが対象となる。
“文化は労働” 副市長が奮闘
ベルリンの即時支援制度実施の立役者といえるレーデラー氏は、旧東ドイツ出身。ベルリンの壁の崩壊(1989年)を15歳で迎え、ドイツ統一後の首都となったベルリンのフンボルト大学で法学を勉強し、2005年、ベルリン市の「左翼党」党首に選ばれ、16年からベルリン副市長と文化・欧州相を務めている。
法学博士という肩書の印象が強かった彼が文化相に選ばれた時は、驚きを持って迎えられた。しかし、レーデラー氏は、トレードマークの黒いTシャツにジーンズ姿で週に何度も劇場やコンサートホールに足を運び、自らもバンドで歌をうたう。「文化は、ぜいたく品ではなく、労働だ」という言葉の重みを、身をもって知っている人間である。だからこそ、最初は誰もが信じていなかった、「即時支援金」が可能になったのだ。
自宅の家賃にも
レーデラー氏は、連邦政府の「即時支援」との違いをこう説明する。
「ベルリンの『即時支援金II』は、自分の暮らしを守るために使うことが認められています。自宅の家賃や買い物などに使うことも可能です。連邦の『即時支援』では、リースの分割払い、材料費、仕事場の家賃など経営に関するいくつかのものにしか充てられません。使えないのです」
ドイツは16の州を持つ連邦制であり、州の権限が大きい。特に教育や文化の政策に関しては州に立法権がある。そのため、州独自のプログラムが可能になった。
ベルリンは首都といえども、大きな企業が少なく、フリーランス人口がドイツ平均より高く、また、ドイツで最も芸術・文化施設が多く、そこに従事する人たちも多い街だ。
レーデラー氏は「フリーランスの多くはアーティストですが、美容師やタクシー運転手、配管工も同様に、資金繰りに大きな余裕がなく、即時援助が必要となる職業グループ。ですから、ベルリン州政府は、非常に早く、この援助プログラムに合意しました」と語った。
残念ながら現在は資金切れのため、ベルリンの即時支援金の申請はストップせざるを得なくなっているが、予想を大きく上回る14万件の申請に対し、13億ユーロ(約1540億円)が4月初旬までに振り込まれたことは、先行き不安な数多くのフリーランスの人たちを救い上げた。
新たな援助計画
「(制限)緩和は緩やかに始まりましたが、大規模なイベントは夏まで中止。今後の状況が見えないまま、本当にどこまで助けることができたかは、言えないと思います。ドイツ連邦財務相や文化相に、新しいプログラムを要求し、回答を待っていますが、現時点でまだ回答はありません。農業や自動車産業はもちろん、私たちの社会で最も壊れやすい、医療保健機関や文化の分野も助けたい」
レーデラー氏の奮闘は、まだまだ続く。