2019年12月8日(日)
主張
「対米英開戦」78年
悲惨な戦争許さぬ決意新たに
戦前の日本が、当時イギリス領だったマレー半島のコタバルやアメリカのハワイを奇襲した1941年12月8日から78年です。台湾・朝鮮半島を植民地化し、当時「満州」と呼ばれた中国東北部、さらに中国全土、東南アジアへと侵略戦争を拡大していった日本はこの日、対米英戦争を開始しました。45年8月の敗戦までに、アジア諸国民と自国民に甚大な被害を与えました。戦後の憲法は、その反省に立って制定されたものです。安倍晋三政権の改憲策動が強まる中、悲惨な戦争を許さぬ決意を新たにすることが重要です。
歴史を見つめ学ぶこと
ノンフィクション作家の澤地久枝さんの近著『昭和とわたし』を読みました。89歳の現在も「九条の会」などで活動する澤地さんのこれまでの著作からの文章を収録した一冊です。その中で、“当時生まれていないから戦争を知らない”とおとながいうのは「もういいかげんにしてほしい」という言葉に強く刺激されました。歴史を見つめ、過去から学ぶ大切さを語った中での一節です。さらに憲法を守ることは「譲れない」と強い意志を表明しています。
澤地さんをはじめ、戦争を身をもって知る人たちの思いを受け止め、国民の中で圧倒的多数になった戦後生まれの世代も、「12・8」を機に改めて戦争の悲惨さに思いをはせ、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」(憲法前文)したことの重みをかみしめたいと思います。
当時「満州」に駐留していた日本の「関東軍」が謀略で引き起こした31年の「満州事変」から始まり、37年の盧溝橋事件で中国全土への全面戦争に拡大し、ついに対米英戦争に突入して敗北するまで15年にわたる日本の戦争は、ドイツやイタリアの侵略戦争とともに、第2次世界大戦として世界に巨大な惨害をもたらしました。
日本の侵略戦争によって、アジア諸国民で2000万人以上、日本国民でも310万人以上が犠牲になりました。アジア・太平洋の各地の被害は大きく、朝鮮からの徴用工や中国からの強制連行、日本軍「慰安婦」などの問題は、今も責任が問われています。日本国内も大規模な空襲や広島・長崎への原爆投下、せい惨な地上戦となった沖縄などでおびただしい人命が奪われ、国土は荒廃しました。
戦争末期には、兵力不足を理由に、学業半ばの大学生や専門学校生も戦争に駆り出されました。現在の高校生や大学生と同じ世代の若者が銃を持たされ、海軍や陸軍の「特攻兵」などとして、命を落としたのです。
敗戦時「ポツダム宣言」で
安倍首相が目指す9条の改憲は、自衛隊が大手を振って海外の戦争に参加する道を開くものです。文字通り「戦争する国」への逆戻りです。若い自衛隊員が、他国の人々を「殺し」、自らも「殺される」ことになりかねません。
日本が敗戦の際受け入れたポツダム宣言は、「日本国国民を欺瞞(ぎまん)し」「世界征服」の「過誤」を犯した権力は「永久に除去」せられると明記しています(第6項)。「安倍改憲」は、こうした原点にも反するものです。侵略戦争への反省もなく、改憲に固執する安倍政権に、国民の世論を集めて退陣を迫ろうではありませんか。