2019年6月16日(日)
スイス 数十万人女性スト
同一賃金 差別一掃
スイス全土で14日、男女平等の賃金や女性差別の一掃を求めて、仕事や家事をやめる「女性スト」が行われました。首都ベルンの議会・政府庁舎の入った連邦宮殿前広場には、なべ、笛、ラッパなどを鳴らしながら1万人の女性が集結。女性国会議員も抗議の色である紫の服を着て、審議を一時抜け出し合流しました。全国各地で数十万人が参加したとみられます。1991年に最初の女性ストが行われ、50万人が参加したのに続く2度目のストでした。(ベルリン=伊藤寿庸)
参加者は、「28年前のストの時と状況が変わっていない」「男性と同じだけ働いても賃金が低い」「仕事と家庭生活をもっと両立できるように」などと訴えました。
スイスでは、女性の平均賃金は男性より18・3%も低い。そのためストの主催者は、この日休暇を取れなかった女性労働者に対して、午後3時24分に仕事を止めるよう呼び掛けました。
農村の小さな町や村では、広場で朝食のテーブルを広げてアピール。農村女性の団体は、3万1000人の農村女性が、社会保障にも年金にも加入していないと訴えました。
また女性の半数超が働くパートタイムの低賃金と、老後の低年金も問題となっています。高額な保育料や、学校給食がなく、生徒が自宅で昼食をとることも、女性の子育て負担を大きくしています。ベルンでは、無料の保育所、産休の延長を求めて子どもたちも参加する家族デモが行われました。
スイス第2の労組SYNAのイレーネ・ダーウィヒ副議長は、ドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙とのインタビューで、「父親の育児休暇がないことが女性の昇進を妨げる中心的問題だ」と指摘。女性が出産後に、仕事か子育てのどちらかを選ばざるを得ない現実があると述べました。スイスでは、妻の出産時に1日だけ夫が休暇を取ることができるだけです。父親たちが父親の育児休暇を求めて運動を続けています。
スイスの女性の地位 スイスは、女性参政権の実現が1971年と遅く、1985年まで、就職や銀行口座の開設に夫の同意が必要でした。1991年の女性ストを受けて、1992年に憲法にようやく男女平等が書き込まれ、2004年に産休が法制化。しかし民間企業での男女同一賃金を実現する提案を議会が否決するなど男女平等の実現は進まず、昨年から2回目の「女性スト」を準備してきました。