2018年10月7日(日)
カネミ油症事件から50年
全患者救済求め集い
福岡
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わが国最大の食品公害事件と言われるカネミ油症事件から50年を迎え、「カネミ油症に学ぶ集い」が6日、福岡市で開かれました。不十分な救済のもと今なお苦しむ患者らが、国の支援拡大や実態に即した患者認定を求めるとともに、国や販売企業のカネミ倉庫、原因物質のPCBを製造したカネカが責任をとるよう訴えました。
長崎県五島市で母親が買い求めた1升のカネミオイルを食べたことから発症した下田順子さん(57)は、激しい症状と貧困のなか「50年間翻弄(ほんろう)されてきた」と涙ながらに語りました。家族全てに症状があらわれ、1989年生まれの娘も発症。患者2世や、偏見を心配し声を上げることができなかった多くの未認定患者が救済の枠の外に置かれていることを指摘し「(カネミオイルを)食べたことがあれば認定をしてほしい」と訴えました。
下関市立大学の下田守名誉教授が事件の経過を報告。吉野高幸弁護士がカネミ油症裁判を振り返り「要求の一部が認められるのに四十数年、あまりに長すぎる。この国の政治をどう考えたらよいか」と語りました。
カネミ油症被害者福岡地区の会の三苫哲也さん(48)は、患者と国、カネミ倉庫が話し合う「3者協議」で患者側の発言者が各団体1人に限られ、報道陣にも公開されないためずさんな資料や患者の状況が明らかにならない問題を強調しました。
カネミ油症 1968年、カネミ倉庫(北九州市)が製造した米ぬか油「カネミライスオイル」を食べた人たちに発生した健康被害。製造過程でカネカ製のPCB(ポリ塩化ビフェニール)が混入したもの。九州北部を中心に1万4000人以上が被害を届け出ましたが、患者認定基準での救済切り捨てにより認定患者は約2300人にとどまります。