2018年3月17日(土)
2018焦点・論点
選択的夫婦別姓
最高裁判所元判事 泉徳治さん
少数意見が多数意見になるまで司法も政治も社会も声あげよう
別姓での法律婚を認めない民法や戸籍法をめぐって、改正を求める訴訟や申し立てが相次いでいます。東京のソフトウエア開発会社の社長ら4人の提訴(1月)に続いて、14日には事実婚の夫婦4組が別姓での婚姻届の受理を求めて東京と広島で家庭裁判所に審判を申し立てました。最高裁が、夫婦同姓を義務付ける現行の制度を「合憲」と判断してから2年余。「司法は憲法を盾に、一歩前に出てほしい」と主張している、最高裁元判事の泉徳治さん(79)に聞きました。(武田恵子)
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判決に旧姓署名
―昨年9月から裁判関係文書に旧姓使用が認められました。今年1月、最高裁判事に就任した宮崎裕子さんが旧姓を使用します。
宮崎さんは、旧姓を使用して判決に署名すると宣言しました。判決文は裁判官の生命みたいなものです。それが別姓(旧姓使用)で差し支えないというのであれば、戸籍も別姓で差し支えないではないか、ということにつながっていくのではないでしょうか。
選択的夫婦別姓を認めず同一姓を強制することを合憲とした最高裁判決の多数意見は間違っていますが、女性判事3人が自分たちの体験から違憲と述べたことは収穫でしたね。男性の裁判官も、自分の同僚である女性判事の気持ちを理解することができたと思います。そのことが、最高裁自ら、判決署名でも旧姓使用を認めるということにつながったのだと思います。
個人の権利導き
―最高裁の多数意見の問題点はどこにあるでしょうか。
ふたつの大きな問題があります。一つは、憲法から個人の権利を導きだそうとしない。もう一つは、国連の女性差別撤廃条約を全く無視していることです。
憲法24条2項は、家族制度をつくるさいには、「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚」しなさいと明確に書いています。夫婦同姓を強制する現行の法律が「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚」しているかどうかを審査すべきでした。
最高裁は、夫婦の姓をどちらにするか協議して決めていいのだから平等だと言いますが、いかにも形式的な論理です。憲法は戦前の悲惨な戦争の反省の下に、個人の尊重を最も重要なものと位置付けました。憲法24条は、戦前の家制度の下で、個人、特に女性が犠牲にされてきたことを払拭(ふっしょく)するための宣言です。国家のため、家のためと言って個人が犠牲にされてきた歴史を踏まえた憲法の規定であるということを最高裁は見過ごしていると思います。
しかも、最高裁判決は、憲法24条2項を、立法府に対する「要請、指針」であると言っていますが、この項は、立法府に対し、家族制度は「個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚」することを命じたものです。
結婚と同時に、生まれたときからの姓の変更を強制する現在の法律は、「個人の尊厳と両性の本質的平等」に反していると言わざるを得ないと思います。
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姓を選ぶ権利を
―女性差別撤廃条約を全く無視しているというのはどういうことでしょうか。
女性差別撤廃条約の16条1項は、「婚姻及び家族関係に係る差別撤廃」の措置として、(g)「夫及び妻の同一の個人的権利」をあげ、「姓を選択する権利」を明確に書いています。国が家族制度をつくるときには姓の選択を含んだ条文にしなければならないというのが条約の規定です。訴訟では、国が姓の選択を含んだ条文を作ってくれなかったといって損害賠償を求めたわけですから、最高裁は条約についての解釈を示すべきだったと思います。ところが最高裁判決は、条約にまったく触れていません。
最高裁には違憲審査権があって、憲法違反にあたる案件は上告できます。では、条約違反は上告できないのか。条約については、憲法第10章の最高法規という章で、「誠実に遵守することを必要とする」(98条)と書き込んでいます。条約は憲法に準ずるものであり、条約違反の法律は無効です。最高裁は条約違反の有無を審査しなければなりません、しかし、最高裁は、原告は条約違反を言うが、「単なる法令違反」を言うにすぎないとして、答えもしないのです。
女性差別撤廃委員会は、条約の進ちょく状況について日本の審査をして、2016年3月に総括所見を出しています。「最高裁判所は夫婦同姓を求めている民法第750条を合憲と判断したが、この規定は実際には多くの場合、女性に夫の姓を選択せざるを得なくしている」として、「女性が婚姻前の姓を保持できるよう夫婦の姓の選択に関する法規定を改正すること」を勧告しました。法律で夫婦同姓を強制しているのは、世界で日本だけです。世界の常識から見ても法改正が急がれています。
婚外子差別違憲
―在任中(2002年から09年)、多くの少数意見を書いてきました。婚外子の相続分差別についても違憲の少数意見を書き続けましたね。
婚外子の相続分の違憲判断は、私が退官した後の2013年9月です。私たちのように違憲の少数意見を述べ続けた者にとっては、少数意見がついに多数意見に転じたということで感慨深いものがあります。私の在任中で言えば、相続分の差別について少数意見を述べたことが、2008年6月には国籍法の婚外子差別を違憲とする多数意見を導くことにつながりました。それが退官後、婚外子の相続分差別についての違憲判断となって実りました。
司法には少数派の権利を救済する役割があります。日本社会では、夫婦の約96%が夫の姓を選択しているという状況の下で、選択的別姓を求める女性は少数派です。民主主義的プロセス、多数決原理で動く国会では、少数派の利益が無視されることがあります。裁判所が、夫婦同姓の強制について憲法13条の個人の尊重に違反するかどうかを厳格に審査しなければならないと思います。
選択的夫婦別姓への法改正に賛成する世論も大きくなっています。若い人たちが原告の中心となってたたかわれる訴訟にも期待したいですね。司法でも政治でも社会でも、あきらめずに声をあげていくことが大事です。