1,面接の際の問題
今回も多数のコメントを拝見させていただきました。今回も大変悲痛な現場の声が多数寄せられていたと思います。その中で、今回は、面接の際の面接官の心ない言動に深く傷つき、次の会社に面接に赴く意欲を喪失したとか、面接に何度行ってもなかなか採用にならないが、そこでの交通費がばかにならないので何とかして欲しいという声について考えてみたいと思います。
2,これらを直接取り締まる法律は残念ながらない
面接官の心ない言動についてこれを禁止したり、これに対して制裁を加えたりする法律、また、面接に赴く労働者に対し交通費を支給することを義務づける法律は、現行法制度のもとでは残念ながら存在しません。
交通費の問題は、派遣社員の方の場合でも、時給に込みになっているが、同じ職場の社員は給料とは別に支給されているのにおかしくないか、という形でもよく問題になります。しかし、給料とは別に交通費を支給せよという法律は存在しないのです。
したがって、交通費について支給せよということを使用者に対し強制することはできません。
面接の際の言動については、一般に人と人とが何らかの社会的接触をする際、一方が他方の権利についてむやみにこれを侵害することは許されないという一般的な法理は存在しています(民法709条)。この法理に照らせば、その言動の内容、その言動によって人格が侵害された程度などを考慮し、不法行為が成立する場合はあるでしょう。ただし、不法行為が成立する場合は、極めて限定的であり、成立したとしても認められるのは損害賠償としての金銭の交付ですから、そのことによって和らぐ効果は期待できても、傷つけられた人格そのものを回復させるわけではありません。
3,格差社会と言われる問題
今の社会は格差社会と言われます。よく言われることですが、この問題の本質は、格差の底、絶対的な貧困にあえぐ人の窮状がどのようなものであるか、その生活レベルを引き上げるにはどうしたらよいかということではないかと私は考えています。
働く者の面接の場面にひきなおして見ると、就労希望者が、できるだけ面接に赴くことができるようにする環境作りが法制度として求められています。その観点からは、応募者の人格を侮蔑するような言動をしたり、女性に対して性的な言動を行うなど、労働者の人格をおとしめるような言動は、使用者としては厳に慎まなければなりません。また、交通費についての手当もあってしかるべきでしょう。
4,法制度の一つの例として
ではどのような法制度が考えられるか。私の考えですが、セクシャルハラスメントにおける使用者の対応が参考になると思います。セクシャルハラスメントについての問題意識が進んでいる企業では、女性職員から匿名のアンケートを取ったり、女性が担当する相談窓口を設けたり、管理者向けにセクハラを行わないための研修を義務づけたりといった制度を設けています。これを参考に、面接の際の「べからず集」を作り、面接官にその受講を義務づける、就職窓口では応募者から匿名のアンケートを行い面接官の言動に問題はなかったかをチェックするなどの施策を実施することとし、これらの施策を実施する企業については国が奨励金を交付する。また、交通費の問題については、一定の期間について、一定の回数の面接を受けた労働者に対して交通費実費を国が全額支給する、といった制度が考えられるのではないでしょうか。
5,法制度の獲得に向けて
いずれにしても、私たちがただ黙っていても、これらの法制度が実現することはありません。男女雇用機会均等法21条が、現在セクハラ防止の環境作りを使用者に求める内容を定めていますが、この法律も、ただ黙っていて成立したわけではないのです。男女平等を求める運動の前進や、福岡セクハラ事件に代表される、セクハラを許さないという大きな世論と運動があって初めて実現したのです。
面接の問題、交通費の問題についてもこれを告発し世論にしていくことが必要です。
■プロフィール
ささやま・なおと
1970年生。1994年中央大学法学部卒。2000年弁護士登録。東京法律事務所所属。登録以来,労働事件と労働運動を主たる活動分野として活動中。著書に,『最新 法律がわかる事典』(石井逸郎編の共著,日本実業出版社)、『「働くルール」の学習』(共著、桐書房)。
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