2003年8月3日(日)「しんぶん赤旗」
【北京2日小寺松雄】北朝鮮核問題の解決をめざす関係国の協議で北朝鮮、米国、韓国、日本、ロシア、中国の六カ国協議の開催とその中での米朝協議の実施ということで北朝鮮と米国が合意し、九月上旬までに北京で協議を行う運びになりつつあります。この間、会議の開催形式と議題をめぐって交渉が難航してきましたが、ようやく開催の展望が開けました。その背景には、中国の仲介外交があります。
中国は「朝鮮半島の非核化」「対話による平和解決」という二大原則をことあるごとに強調してきました。そのもとで今年四月、中国は米朝中協議の北京開催を実現、その存在と役割を示しました。三者協議の実現にあたっては、三月までの北朝鮮への協議や説得で唐家セン外相、銭其シン副首相(いずれも当時)らが積極的にかかわり、「中国が高度に緊張していた朝米双方に巧妙に“はしご”を掛けた」(『新聞週刊』誌一三〇号)とされます。
その後、北朝鮮側の新たな核兵器発言もあって「二回目の三者協議」への動きは難航しました。その中で、中国は外務省報道官を通じてさまざまなサインを送ってきました。「(九四年枠組み合意の当事者である)米朝二国が基本だが、国の数や協議の形式にはこだわらない」「次回も北京で開くことが望ましい」などです。
七月には積極的な次官外交を展開しました。王毅次官をアメリカに派遣するとともに、中国共産党の対外連絡部(中連部)部長から転じた戴秉国筆頭次官がまずモスクワへ飛び、多国間協議への参加についてロシアの意向を打診。次いで十二日には北朝鮮入りして、十四日に金正日朝鮮労働党総書記と会談しました。ここで金総書記に、多国間協議への流れが大勢になっていることを説得したとみられます。この会談を機に金正日総書記は多国間協議受け入れを決意したとも言われています。
戴次官はこのあとすぐ米国へ渡り、パウエル国務長官に一連の経過を説明して、六カ国協議への道を確実にしました。ロシアも加えた六カ国協議について受け入れを求めるとともに、北朝鮮が主張する「包括的提案」についての検討を求めたといわれます。
提案には、北朝鮮の核兵器開発計画放棄と引き換えに、北朝鮮敵視政策をやめる、侵略しないことを約束する、現政権の転覆をめざさないと約束する、の三項目が入っています。
こうした下準備を経て、三十日夜になって胡錦濤国家主席とブッシュ米大統領が電話で対談、六カ国の枠組みが固まりました。
とはいえ、今後の事態の展開は予断を許しません。北朝鮮側の新たな瀬戸際外交を懸念する声は中国内部にもあります。そうした状況下で日程や議題をめぐって、関係国間の調整が進められる見こみです。