2016年12月11日(日)
2016焦点・論点
日本の基礎研究衰退に警鐘
ノーベル物理学賞受賞者・東京大学宇宙線研究所所長 梶田 隆章さん
努力の限界超えた交付金削減 高等教育の充実は絶対に必要
国立大学の基盤的経費である国からの運営費交付金が年々削減され、基礎研究の発展や研究者の育成を阻害する状況が続いています。素粒子ニュートリノに質量が存在することを発見し、昨年ノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章・東京大学宇宙線研究所所長に、日本の研究環境の現状を聞きました。
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―講演などで、日本の論文発表が停滞していると、基礎研究の衰退に警鐘を鳴らしていますね。
かつて日本の論文数は世界2位でしたが、近年は5位に落ちています。論文数が非常に増えているのは中国で、韓国も近年頑張っている状況です。
研究者が研究に使う時間、あるいはじっくり考える時間、そしてある程度の余裕がないと、なかなか画期的な論文というのは生まれないのです。そうした点を考えると、現在の日本は質の高い論文を増やしていくのが難しい社会になっていると感じます。
―なぜでしょうか。
2004年度に国立大学が法人化して以降、教職員の人件費を含む大学の基盤的経費である運営費交付金が、毎年1%ずつ減らされ、総額1470億円も削減されました。それによって、大学側は非常に余裕がなくなりました。
私たちもいろいろな節約の努力をしていますが、たとえば大学内のエレベーターの保守管理費用は努力によって毎年減らせるものではありません。交付金の削減は、努力の限界を超えています。
現在は、教授や准教授を減らさざるを得ないところまで追い込まれています。そうなると、その大学でその分野を研究し、教える先生がいなくなる。学問の多様性を少しずつ失うことになるわけです。
それにもまして助教の数が大きく減っている。若い人が大学の教員として研究者の道に進む入り口が狭くなることを意味します。若い研究者が将来を描けない方向に、どんどん行っていると思います。
―任期つき教員が増えていることも問題ですね。
東京大学でも、40歳代半ばより若い教員では「任期つき」の方が多いという数字が出ています。任期つきではどうしても将来設計が見通せず、腰を据えて研究できません。絶対に研究力を落としていると思います。
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―今年のノーベル医学・生理学賞を受賞した大隅良典教授が、基礎研究の重要性を強調されています。
大隅先生が、積極的に基礎研究の重要性を言ってくださるのは非常にありがたいことで、私も先生の発言に100%賛成です。
基礎研究は、今すぐ私たちの生活に役立つ性格のものではありません。やがて人々の生活に役立つという側面と、物事の真理、自然界のより深い理解に近づくことを通して、人類全体の共通の知的財産を構築する側面、その二つがあると思います。
宇宙、自然をより深く知ることで、人類全体の知的財産を豊かにする。そのような方向も基礎研究の重要な一面だと考えています。
―現在行っているニュートリノの研究で、何を明らかにしようと試みていますか。
岐阜県飛騨市神岡町の巨大観測装置「スーパーカミオカンデ」による観測結果を基に、私たちはニュートリノに質量があることを発見しました。現在の素粒子の標準理論では、ニュートリノの質量はゼロと考えられていた中で、画期的な発見だったと思います。
今後のニュートリノ研究で期待される結果というと、正確に言うのは基礎研究なので不可能ですが、宇宙から消滅した「反物質」の謎を解くカギとなると考えられます。
現在、宇宙は物質だけでできていますが、ビッグバンが起きた際の宇宙では、物質と同じだけの反物質があったはずだと考えられています。宇宙が冷えていく過程で反物質は消滅しましたが、これにニュートリノが関わっているのではという考えが提唱されています。その議論に沿って、宇宙の物質の起源の理解の第一歩を踏み出すとりくみをしています。
―基礎研究の発展のために、行政に求めることは。
国の財政が厳しいことは承知していますが、高等教育は非常に重要なはずで、その点をきちんと認識いただきたい。最低限、運営費交付金の削減はやめないと、本当に取り返しのつかないレベルに来ているのではないか、危機感を持っています。
日本が、国の形としてどうあるべきかと考えれば、科学・技術で世界をリードしていく、それを通して世界から尊敬される国をめざしていくしかないと思います。その点からも科学研究、高等教育の充実は絶対に必要です。
聞き手 山本健二
反物質 通常の物質を形成する粒子と質量やスピン(回転)が同じで、電荷の符号が逆である反粒子でできているもの。宇宙が生成した直後、粒子と反粒子が生成と消滅を繰り返していたとみられています。宇宙の進化の過程で反物質が消滅し、生き残った物質が現在の宇宙を形作っていると考えられています。