2016年11月13日(日)
2016焦点・論点
異常なTPP推進強行
東京大学大学院教授 鈴木宣弘さん
世界の変化見えない安倍政権は世界の笑いものになるだろう
環太平洋連携協定(TPP)の離脱を訴えてきた共和党のトランプ氏が次期米大統領に決まった翌10日、自民・公明と維新がTPP批准承認案と関連法案の採決を衆院本会議で強行しました。TPPをめぐる現在の攻防をどうみるか、鈴木宣弘東京大学大学院教授(農業経済学)に聞きました。(山沢猛)
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自由貿易見直しの流れ
―安倍首相や官邸主導のこの強行採決をどう見ていますか。
世論調査(共同通信、10月末)でも「今国会にこだわらず慎重に審議すべきだ」と66%、約7割の方が求めていました。この国民の声を押し切って強行採決しました。安倍首相と官邸に首根っこを押さえられ民主主義に背を向けた自民議員もほんとうに情けないものです。
欧米をはじめ世界の動向をみても、「格差拡大の是正」「自由貿易の見直し」が大きな流れになっています。TPPを推進してきたオーストラリアやベトナムなども「この協定はそう簡単に批准できるものではない。国内関連法案をすべて決めるという段階ではない」という慎重な姿勢になっています。これはこの協定では自国民の利益を守れないという懸念、危機感が強まっているからです。
私は、安倍政権が世界の大きな変化を見ることができず、TPP承認を強行したことで、世界の笑いものになるとみています。
ISDS条項への不安
―その世界の変化の特徴はどうですか。
当の米国では雇用・失業、賃金引き下げなどが大きな問題です。一部巨大企業の経営陣の意向を受けて、オバマ政権や多額の献金をもらっている議員がTPPをすすめてきたけれども、国民の99%はさらに貧困化する、仕事がなくなって賃金が下がる、こういうことをもうやめてくれといううねりが起きています。これが大統領選でのサンダース氏やトランプ氏の躍進の要因の一つになりました。
欧州ではEUの自由貿易で人の流れが自由になったけれども、英国で仕事がなくなり格差が広がったということが国民の反発を招き、EUからの離脱の要因になりました。
TPPの「大筋合意」に加わった国々で、とりわけ、ISDS(多国籍企業や投資家が損害を受けたとして投資先の国を訴える)条項への不安と懸念が高まっています。
オーストラリアでは別の貿易協定でたばこの箱に「吸いすぎに注意しましょう」と書こうとしたら、米国発の巨大たばこ産業から訴えられました。TPPで他の問題でも訴訟が行われることになったら、人の命や健康、環境を守ろうとしても守れない、そんなバカなことがあるかと猛反発が起こり、自由貿易協定にISDS条項を入れるなという意見書が議会に提出されました。
途上国の中心だったベトナムは、米国への輸出を伸ばせるからとTPPを推進しようとしていました。しかし、ベトナムの国有企業が米国企業とまったく同じように扱われないと許されない、これではベトナムの社会体制はもたないという危機感が広がり、国会の審議がストップしています。
EUが偉いのは、米国とEUの自由貿易協定を結ぶ際、ISDS条項とはこういうものだとEUの市民に全面的に公開して意見を求めたことです。これを機会にフランスやドイツではISDS条項追放の行動が毎月定期的に行われています。
黒塗りの資料を国会に提出する日本政府の姿勢と対照的です。
「食の安全」さらに緩和
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―TPPで農産物の関税撤廃だけでなく、「食の安全」「医療制度と薬価」「金融・保険」などあらゆる分野を「規制緩和」の対象にしています。あらためて国民への影響について聞かせてください。
政府は「食の安全がTPPで影響を受けることはない」と断言していますが、あれはすべてウソです。
米国は国内の公聴会(2011年12月)でマランティス次席通商代表(当時)が「日本が科学的根拠に基づかない国際基準以上の厳しい措置を採用しているが、それを国際基準に合わせるのがTPPだ」とかねてから主張しています。TPPの条文にはその通り書いてあります。「科学的に証明できないのなら日本の安全基準をさらに緩めよ」ということです。
米国の牛にBSE(牛海綿状脳症)の危険がありますが、日本は「自主的」に発症例がない20カ月齢以下を、30カ月齢以下まで緩めてしまいました。米国は肉の危険部位の除去も行われていません。
また米国は大豆・トウモロコシ・小麦など遺伝子組み換え(GM)食品は安全検査によって安全なのだから、日本の食品に「遺伝子組み換え作物は使用していません」と表示することは、消費者を惑わす誤認表示だと主張しています。
新薬のデータ保護期間の問題も各国間の大きな争点です。米国発で世界展開をする巨大製薬会社が「データ保護期間を長くして、安いジェネリック薬品(後発薬品)がつくれないようにせよ」と要求していました。これに対しオーストラリアやマレーシアは「そんなことをしたら人の命が救えない」と新薬データ保護期間を5年と主張し反対しました。
「金融・保険」など他の分野でも同様の対立があります。根本には米国発の世界展開する巨大企業の経営者の利益を守るのか、それとも99%の市民・国民の命と健康、環境を守るのか、の選択が問われているのです。
日本の国益譲歩さらに
―トランプ氏が次期大統領に決まりましたが今後どうなりますか。
「これでTPPはやれなくなったから安心だ」というものではありません。これはこれで大問題です。トランプ氏が以前から言っているのは軍事やいろいろな分野で「日本の負担が足りない」、もっと負担をさせるのだということです。TPPなど多国間の協定が頓挫しても、日米2国間の自由貿易協定でもっと国益譲歩を迫られる可能性があります。事態は悪化しかねません。
安倍政権が続けばトランプ大統領になっても形を変えて対米従属を続けていくでしょう。
より根本的な問題は、日本の政府、政治家が国民のことを考えないで、米国に盲目的に追従することにあります。そうではなく、日本がアジアの国としてアジアの国々と連携する必要があります。そうした構想をまったく持たずに思考停止的に米国に追随することでは国民を幸せにすることはできないと思います。
国内のTPP関連法案は、協定と異なり「自然成立」はありません。たたかいは続いています。国会での審議、TPP阻止の世論喚起へ一丸となって頑張りたいものです。