2016年9月2日(金)
ルセフ大統領 弾劾・罷免
政府会計の不正操作理由に ブラジル
ブラジル上院に設置された弾劾法廷は8月31日、政府会計を不正操作したとするルセフ大統領への罷免投票を行い、賛成多数で有罪としました。これによりルセフ氏は失職。賛成は罷免要件の54人を超える61人、反対は20人でした。ルセフ氏は「クーデター」だと強く非難しました。(松島良尚)
ルセフ氏に代わって議会最大勢力のブラジル民主運動党のテメル大統領代行が昇格し、ルセフ氏の残りの任期の2018年末まで務めます。テメル氏は弾劾投票終了後、大統領就任式に臨みました。
ルセフ氏は、会計操作による財政責任法違反が問われました。財政悪化を隠すため、社会保障事業などへの支出を政府系金融機関に一時肩代わりさせたというもの。上院過半数の賛成で弾劾裁判の開始が決まった5月以降、停職に追い込まれていました。
ルセフ氏は「弾劾には根拠がない」と一貫して潔白を主張してきました。弾劾投票の結果を受け、「私へのクーデターにとどまらず、労働の権利、教育や医療などの権利に対するクーデターだ。たたかい続ける」と宣言しました。
弾劾裁判では、罰則としてルセフ氏を8年間にわたり公職追放することの是非を問う投票も行われましたが、否決されました。ルセフ氏は引き続き政治活動が可能です。
テメル新大統領は経済再建に力を入れる意向です。しかし、財政再建をめざして短期的には歳出を削減するとみられ、経済がいっそう落ち込むリスクをはらんでいます。社会保障制度の見直しに対する低所得者層の反発も予想されています。
解説
経済低迷に国民の不満
ルセフ氏の弾劾裁判は、歴代政権も行ってきた「会計操作」を理由に、経済低迷に対する国民の不満と政権への反発を追い風にして進行しました。
弾劾そのものは法律に沿ったものですが、「会計操作」は経過から見てもルセフ氏を追放するために持ち出した「表向きの理由」あるいは「便宜的な理由」だといえます。
「会計操作」は、ルセフ氏が再選された一昨年の大統領選の際にすでに表面化していました。ただ、当時は野党もメディアも大きく取り上げませんでした。その後、市民グループがこの問題を弾劾に結びつけて提起し、野党がそれに飛びついたのです。
弾劾裁判の審議で「会計操作」をめぐる論議が十分行われた形跡は見当たりません。ルセフ政権の下でいかに汚職がはびこったか、経済が落ち込んだかという論議が中心でした。審理の最終局面では、それらの問題も弾劾の理由になりうるという発言まで飛び出すほどでした。
こうした経過は、「会計操作」だけで弾劾することに対しては、野党の中に後ろめたさがあるのではないかと思えるほどです。
ただし、多くの国民が経済低迷や汚職事件に不満を募らせ、ルセフ氏の退陣を求めていたのは事実です。大統領支持率は1割を切り、全国で100万人を超える規模の反政府デモが繰り返し行われました。
今年の経済成長は、昨年のマイナス3・8%と同程度になると推計されています。インフレは10%を超えて高止まりし、失業率は11・6%と最悪の水準です。
国営石油企業ペトロブラスをめぐる汚職事件では、ルセフ氏だけでなくルラ前大統領に対する検察の捜査着手を最高裁が承認しています。
ルセフ大統領が所属する労働党政権は03年の発足以来、貧困削減に力を入れ、大きな成果を挙げてきました。
しかし、当初は好調な世界経済や資源価格の高騰もあって経済が順調に推移したものの、世界経済の低迷とともに1次産品依存やインフラ整備の遅れなどが影響し、経済の落ち込みから抜け出せていません。(松島良尚)