2016年4月3日(日)
2016焦点・論点
環太平洋連携協定(TPP)の問題点
東京大学教授(農業経済学) 鈴木 宣弘さん
米国へ譲歩 水面下で新たな動き 関税削減さらに 食の安全危うい
安倍政権が「早期発効の機運を高めたい」といっている環太平洋連携協定(TPP)の問題点について、鈴木宣弘東京大学教授(農業経済学)に聞きました。(山沢猛)
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―批准へ日本政府の前のめりの姿勢が際立っています。状況をどうみていますか。
各国の動向、とりわけ米国の動きを押さえておかなければなりません。
米大統領選挙では民主、共和両党の主な候補者がTPPに反対を表明しています。これは選挙中だからというだけでなく、その中身に反発しています。通商政策を統括する上院財政委員会のハッチ委員長(共和党)は、TPP合意を「残念ながら嘆かわしいほど不十分だ」といって、このままでは議会承認が難しいことを示唆しています。
ハッチ氏など共和党の有力者は、米国の巨大製薬会社などから多額の献金を受けています。政治家の力で医薬品の特許の保護期間を延ばしたい、TPPでは5〜8年にとどまっているが、これを20年、最低でも12年に延ばしてもうけをあげたいのです。途上国では高い薬は買えない、特許保護が終わった安い薬が必要です。人の命を犠牲にしても他の国に高い薬を押し付けたいという、製薬会社と有力議員の間での、いわば「あっせん利得罪」のような構造ができています。
民主党のクリントン、サンダース両候補はそもそもTPPに反対しています。支持層である労働者、市民や環境を守るという立場からです。ベトナムの労働者の賃金は米国の36分の1ですから、TPPで人の移動が自由になったら、米国の労働者の賃金が増えるわけがないということです。
米国でこれほど反発があるのに、なぜ日本ではまともな議論もせずに決めようとするのか、全くおかしいことです。
日本の国益損ねる根拠ない政府試算
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―日本政府は米国にどういう態度をとっていますか。
米国でTPP批准がすすむように、日本政府がさらに譲歩するという動きが水面下で進んでいます。駐米公使が「条文は変えずに改善はできる」と、さらに譲ることは可能だといっています。国益の差し出しはとどまるところを知りません。
昨年12月末に政府はTPPの影響試算を出しました。しかし、どんな影響がでるか、どれだけの対策が必要かの順で検討すべきですが、何の根拠も示さずに「国内対策を前提にすれば、生産性が向上し、農林水産業には影響が全くない」という本末転倒の、とんでもない「試算」でした。しかしその一方で、米国には「TPPではアメリカが得をする、いいことだ」と宣伝して批准を促しています。これは二枚舌であり、国益を売ることそのものではないですか。
それからTPPの付属文書には、米国の投資家の追加要求には政府の規制改革会議で対処すると書いてあります。規制改革会議は単なる諮問機関です。そこに利害の一致する仲間だけを集めて国の方向性を固めてしまう流れは、たいへん危険です。
合意で終わらない 将来不安ぬぐえず
―TPPは当面の不利益だけでなく、将来への不安がぬぐえません。
そのとおりで、TPPは今回の合意で終わりでなく「生きた協定」だということです。
今回、農林水産業について、コメ、乳製品、牛肉、豚肉、砂糖など重要5品目に含まれる586の細目のうち、174品目の関税を撤廃し、残りは関税削減や無税枠を設定し、重要品目以外はほぼ全面的に関税を撤廃しました。
問題はこれで終わりではなく、関税をすべて撤廃するのがTPPの原則です。今回はそのスタートの段階で、TPPの付属書で農産物について、日本だけ屈辱的に7年後の再交渉=さらなる関税削減も約束させられています。
国民がとくに知らなければいけないのが、食品安全の問題です。政府は「TPPには国際基準を守れと書いてある」といいますが、その基準が問題なのです。たとえば遺伝子組み換え作物は認められています。米国は「日本が独自の厳しい基準でやっているから、それをやめさせる」といっています。
たとえば、牛の成長促進剤は一部で発がん性の疑いがあるということで、日本国内では使用禁止の成長ホルモンですが、輸入牛肉には認めています。そのため米国産牛肉、オーストラリア産牛肉を通じてどんどん入ってきています。EU(欧州連合)は使用も輸入も禁止です。オーストラリアはEU向けには成長ホルモンを使わないが、輸入を認める日本向けには使っています。
米国、カナダ、メキシコなどで豚の飼料添加物として広く使用される成長促進剤(ラクトパミン)は中毒症を起こす危険があるということで、中国やロシアも輸入禁止ですが、日本は輸入を認めています。乳製品でも同様の問題があります。
他に遺伝子組み換え食品表示への米国の反発、強力な除草剤散布、収穫後の農薬散布などの問題があります。
暴走する安倍政権止める野党共闘を
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―日本の消費者が考えるべきことは。
米国などからの輸入品は一見安いように見えます。しかし、成長促進剤とか遺伝子組み換え作物などのリスクを考えたらすごく高いものだということです。食料に目先の安さだけを追求するのは、命を削ることにつながります。国会でも国民の中でもその覚悟があるのか、今きちんと議論することが必要です。農業を守るとは「国民を守る食料政策をすすめる」ことなのです。
―この問題でも安倍政権の暴走を止めなければなりません。
日本共産党が大胆に提起した国政選挙での野党共闘が参院選に向けて動きだしています。安保法廃止が中心ですが、TPPも、国内での「規制改革」も根っこは同じです。米日の巨大企業の利益優先の政治をさらに続けるのか、それとも市民の生活と安全を守って発展させるのか、ということです。
今みんなの力で安倍政権の暴走をくい止める政治を実現することが、日本の食料と子どもたちの命を守る確かな保障になることは間違いありません。