2015年5月22日(金)
2015 とくほう・特報
安倍政権が狙う医療保険改悪
国保危機 さらに深刻
自営業者や非正規労働者、退職者など2096万世帯が加入する国民健康保険。負担能力を超える国保料(税)を払えず保険証を取り上げられ手遅れで死亡する人が後をたちません。滞納世帯への児童手当などの違法な差し押さえも横行しています。安倍自公政権が今国会成立を狙う医療保険制度改悪法案は、こうした国保の危機をいっそう深刻にします。(内藤真己子)
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今、保険証なく手遅れ死続出
「具合が悪くても病院に行けなかった。まさにうちは『手遅れ』でした」。昨年3月、69歳の夫を十二指腸がんで亡くした女性(68)=千葉県=は、声を落としました。
がん進行・転移
全日本民医連の調査では加盟の病院・診療所(648カ所)で、2014年に経済的理由で受診が遅れ亡くなった人は56人。その6割が無保険か、窓口で全額負担が必要な国保の資格証明書や、期間の短い短期保険証の人でした。女性の夫もその一人。国保証がありませんでした。資格証明書や短期証の世帯は全国で140万を超えます(14年6月)。
夫は50代前半で企業をリストラされ、運送業の個人事業主になりました。トラック購入費など初期投資がかかる一方、不況で経営は軌道に乗らず、運転資金を銀行やサラ金に借りました。
まもなく廃業。自宅を売っても借金が残りました。ところが国保料は年60万円以上に跳ね上がります。役所に問い合わせると、借金返済に消えた自宅の売却益も所得と見なされるためだと説明されました。その後、滞納保険料を2年がかりで払い終え、国保証を手にしたのは一昨年8月、7年ぶりのことでした。
胃痛と悪寒で千葉県流山市の東葛病院に救急搬送されたのは、その4カ月後です。十二指腸がんが進行、腹膜炎をおこしていました。がんは肝臓にも転移。手の施しようがなく、2カ月後の昨年3月に亡くなりました。
「病状からいって4、5年前から自覚症状があったのでは。早期に受診すれば経過は違っていたでしょう」。同病院の柳田月美患者サポートセンター部長(48)はやるせない思いを語ります。「重症者のなかに正規の国保証を持たない人が増えています」
入院の翌日死亡
奈良県大和高田市の土庫(どんご)病院でも昨年11月、意識不明で来院した保険証のない67歳の女性が入院の翌日、死亡しました。直腸がんが進行、臓器が著しく癒着していました。
「亡くなる3カ月前、食欲がなく体重が減っていると相談に来られたんです」と話すのは同病院医療福祉相談室の中山香奈子さん(34)。「月数万円の遺族年金は子どもが使い、自分はアルバイトで暮らしているが、国保料を払えず保険証がないと聞きました。別の病院を受診されるとのことで関係が途切れました。こういう結果になりとても残念です」
民医連調査の死亡事例は2010年以降年50〜70件台で推移しています。中山さんは「10年前は年1、2件だった無保険の相談が最近は毎月のようにある」と告発します。
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滞納で給与全額差し押さえ
国保料(税)滞納世帯にたいする行政の強引な差し押さえが大きな問題になっています。滞納世帯は、国保に加入する2096万世帯のうち、361万世帯(17・2%)に及びます(14年6月)。そこへ、のべ26万件の差し押さえが行われています(13年度)。
なかでも群馬県の県都・前橋市(約14万世帯)は、滞納5816世帯に対し、差し押さえ件数は全国最多クラスの、のべ5086件に上ります(同年度)。
「305円で年を越せますか? 死ねと言われたのと同じですよ」。同市で暮らす70歳の女性は声を震わせました。昨年12月半ば、高齢者施設で働いた給与15万4000円が残高3305円の銀行口座に振り込まれたとたん、15万7000円を差し押さえられたのです。元自営業者で自己破産。国保税など27万5600円の滞納がありました。
給与や年金の最低生活費相当額などは差し押さえ禁止で、明らかな違法行為です。女性から相談を受けた日本共産党の長谷川薫市議団長が同行して市に赴くと数万円が返還されました。しかし、家賃が払えず知人に借金しました。
13年11月の広島高裁判決は、預金口座に振り込まれた児童手当を差し押さえ禁止財産と認め、鳥取県による差し押さえを違法としました。しかしこの判決後も前橋市では、児童手当以外に入金がない預金口座の残高全額を差し押さえるといった、差し押さえ禁止財産の狙い打ちが横行しています。
市民や民主団体は「市税を考える市民の会」を結成。長谷川市議は「“滞納イコール悪質”というだけの認識で強制的な滞納整理に職員を駆り立てる収納行政を改めさせるため、運動と結んで議会内外でのたたかいを強めたい」と語ります。
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負担能力超す国保料
背景に国庫負担の激減
人権侵害の制裁措置の背景にある国保料滞納はなぜ起きるのか。
「それは国保料が高額化し負担能力を超えているからです」。国保改善運動に取り組んできた大阪社会保障推進協議会の寺内順子事務局長は指摘します。
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所得250万円・自営業の40代夫婦と子ども2人の世帯で国保料が49万円になる(福岡市)など、所得の2割近くを占める例も珍しくありません。
寺内さんは続けます。「国保制度は、『国民皆保険』実現のため、高齢者や無職者を抱えて発足したので、国保財政の6割近くが国庫負担でした。ところが1984年の改定を皮切りに、現在の約23%まで引き下げられました。減らされた国庫負担分を保険料に転嫁しているのが高騰の大きな要因です」
長引く不況や非正規雇用者の流入、年金削減により94年度からの10年で、加入世帯の所得が約4割も減少したのが事態を深刻にしています。
安倍自公政権は医療保険制度改悪で、国保の財政運営を市町村から都道府県に移そうとしています。その際、都道府県が市町村に「標準保険料」を示し、都道府県に上納する保険料=「納付金」の100%納付を義務付けます。寺内さんは「2013年度の国保料の収納率は全国平均で約90%です。収納率100%はありえません。90%の収納率でも納付金を100%にするため市町村が国保料を値上げする可能性が高い」と警鐘を鳴らします。
共産党「国費1兆円投入を」
一方、日本共産党の小池晃参院議員は19日の厚生労働委員会で、全国知事会が高すぎる国保料を中小企業の「協会けんぽ」並みに引き下げるため、1兆円の財政投入を求めていると指摘。「1兆円の国費投入で1人当たり3万円、4人家族で12万円の引き下げになる。法人税の1・6兆円減税をやめれば可能だ」と、塩崎厚生労働相に迫りました。
小池議員は語ります。「政府は滞納者の保険証取り上げや、問答無用の差し押さえをやめるべきです。国保料値上げに拍車をかけ、国保の危機をいっそう深刻にする改悪案は、廃案しかありません」