2014年6月10日(火)
2014 とくほう・特報
シリーズ いのちの現場
医療・介護法案 激務・低賃金… どうなる介護職
政府は介護職員を2025年までに、いまより100万人増やすことが必要だとしています。しかし、政府が採決強行をねらう医療・介護総合法案が実施されると、介護の現場はどうなるのか。大阪市城東区の城東特別養護老人ホーム(大阪福祉事業財団)で密着取材しました。 (内藤真己子、写真・橋爪拓治)
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城東特養老人ホーム密着/大阪市
65人が暮らす同ホーム。介護にあたる職員は正規職員が18人、臨時・契約職員が14人います。国が決めた基準よりかなり手厚い体制ですが、業務は過酷です。
ベッドへ トイレへ「移乗」数十回
11:00
5月26日、勤続9年の主任介護職員の女性(48)の勤務が始まり、担当する33人の状況を引き継ぎます。
休む間もなく昼食の準備。利用者の大半が車椅子のため、ベッドやトイレに移動させる「移乗介助」は1人で1日数十回に及びます。「腰、首、腕がいつもだるい。医者に行く暇もなくて」
12:00
昼食の介助。認知症の女性の口にお茶を運ぼうとしたとたん、左手を抱え込まれました。なめたり、つねったり。「痛いわ。やめてね」。それでも笑顔を絶やしません。
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13:00
1日5回のおむつ交換。食事を取る間もなく、動き回ります。
「ありがとう」の言葉に励まされ
14:05
ようやく休憩。勤務に入ってこれまで3時間、女性職員はトイレに行かず水も飲んでいません。カップラーメンで昼食。休憩を30分で切り上げ、パソコンで記録入力。定時の午後7時を過ぎても終わらず、職場を後にしたのは午後9時前でした。
「残業も多いし、きつい仕事ですが、お年寄りに『ありがとう』といわれるとやりがいを感じ励まされます。私は生活を支える必要があったので辞めたいと思ったことはないけど、子どもを犠牲にしてきた部分はありますね」
18:00
27日、47歳の男性職員が夜勤に。繊維卸業から転職して6年目です。
夜間は1、2階の65人を職員3人で担当。昼間の3分の1以下の体制です。
「急変心配」 いのちと向き合う夜勤
19:00
体調が不安定な人の体温や血液中の酸素量などを測定。ターミナル(終末期)の利用者が3人。夜間は看護師がおらず「急変がないか気が抜けません」。
21:00
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60人以上のおむつ交換。ナースコールで駆けつけると男性がベッドから落ちていました。抱き起こしベッドに寝かせます。
21:53
持参のおにぎり3個で夕食。22時、消灯。
23:30
1回目の夜間巡回。朝まで4回、回ります。
0:35
重症の女性が目を覚ましていたので「水分補給しましょう」。脱水防止のため、とろみのある液体を口へ。居室にはCDデッキ。「音楽がお好きなんですね」。うなずく女性。深夜、いのちと向き合う時間が過ぎます。
1:00
2回目の巡回。おむつを外して排尿し、毛布までぐっしょりぬれた男性が。着替えをし毛布も交換します。
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4:45
男性職員が実質2時間の休憩を終了。「1時間半は眠れました」。5時からおむつ交換、洗面、朝食準備と続きます。
9:15
夜勤が終了。「急変がなくホッとしました。やっぱり夜間も看護師さんがいてほしい」
国の責任で大幅改善を
賃金は月21万円 離職率17%
激務の介護施設職員ですが、賃金は常勤者で平均月21万1900円(介護労働安定センター、2012年度調査)。全産業労働者平均の7割しかなく、離職率は17%(全産業平均は14・8%)と高くなっています。
近隣施設より待遇が良い城東特別養護老人ホームでも離職者が出て、夜勤を月4回から5回へ増やさざるを得なくなっています。
「生活の場」
同ホームの畑澄生施設長(58)は「『終(つい)のすみ家』としてその人らしい豊かな生活を提供したい。それにふさわしい人員体制が必要です。そのために介護報酬の抜本的引き上げが欠かせません」と語ります。さらに「特養は『生活の場』ですが『看取(みと)りの場』にもなりつつあり、職員の精神的負担が増している」と。同ホームでは入所後1年以内に亡くなる人が、2011年の15人から13年には30人へ倍加しています。
医療・介護総合法案では、患者の病院追い出しを進めるため、重症の高齢者が在宅や介護施設などに増えることになります。「政府は介護職員にたんの吸引など医療行為をやらせ、病院の『安上がりな受け皿』にしようとしていますが、絶対に反対です」と畑さん。
同ホームの職員らが加入する全国福祉保育労働組合(福祉保育労)大阪福祉事業財団分会の山本健治書記次長(48)も言います。「今度の法案で特養入所が原則要介護3以上になると、ほぼ全員に全面的な介助が必要になります。いまでも3割の職員が病院に通院しています。職員の負担がさらに増えます。改悪はやめてほしい」
政府は世論と運動に押されて2009年、介護労働者への「処遇改善交付金」を導入、処遇は一時的に改善されました。しかしその後は抜本的な対策をとらず、厳しい労働環境と慢性的な人材不足は改善されていません。それどころか安倍政権は、外国人労働者の導入や規制緩和によって、介護の専門性を否定し、低賃金の不安定雇用を増やして、安上がりの介護体制をつくろうとしています。
国民の権利
福祉保育労高齢種別協議会の横田祐議長(53)は「医療・介護総合法案が通ると、介護事業所は経営的に打撃をうけ、職員の待遇はいっそう低下します。施設では重度化した利用者が増え労働環境は悪化し、人材不足に拍車をかけることになる」と指摘します。
「福祉政策は憲法25条による国民の権利として国の責任で充実させるべきです。そのためにも介護労働者の賃金や労働条件を国の責任で大幅に改善することを求めていきたい」
「やりがいある」7割だが…
全労連が今年4月発表した「介護施設で働く労働者アンケート」(中間報告)では、「やりがいある仕事だと思う」人が7割近くを占める一方、「仕事をやめたい」と「いつも思う」「ときどき思う」が合計で6割を占めました。やめたい理由のトップは「賃金が安い」でした。
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