2014年5月26日(月)
2014焦点・論点
気候変動問題と日本 東北大学教授 明日香 壽川さん
原発は温暖化対策の答えでない 低リスク低コストは省エネと再生エネ
安倍自公政権は、原発再稼働の理由に温暖化対策をあげ、声高に強調しています。この問題をはじめ温暖化対策のあり方について、明日香壽川・東北大学教授(環境エネルギー政策)に話を聞きました。
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―原発は温暖化対策の答えにならない、と発信していますね。
米国で温暖化の科学的な側面の研究に関わっている研究者数人が、温暖化対策に原発は必要だという書簡を世界のNGO(非政府組織)に出しました。それに対する反論を日本から出さなければいけないと思い、1月末に私を含む3人の研究者と元外交官の4人で「原子力発電は気候変動問題への答えではない」という手紙をだし、世界に公開しました。本人たちからの返事はありませんが「同意する」「がんばって」などのメールを世界中からいただきました。
なぜ原発が問題なのかといえば、まず単純に、原発の場合、電気をつくるというベネフィット(便益)よりも、リスク(危険性)やコスト(費用)が莫大(ばくだい)に大きいからです。私たちは、それを福島原発事故で知ってしまいました。
単位発電量あたりの温暖化ガスの排出という意味では、たしかに原発による排出量は少ないです。しかし、より低リスクで低コスト、あるいはコストが急激に下がっている発電方法で温暖化対策にも役立つものが他にもあります。それは、太陽光、風力、地熱など再生可能エネルギーであり、省エネです。わざわざ原発を使う必要性や合理性はありません。
世界有数の地震国であり火山の多い日本には固有のリスクもあります。再稼働がいわれる川内(せんだい)原発(鹿児島県薩摩川内市)では火山噴火による火砕流が過去に原発立地まで到達していた可能性を電力会社も認めたと報じられています。
再稼働を求める電力会社は、自分たちの利益を考えますが、日本全体のリスクやコストは考えません。決して許されるものではないものの、今の法や制度のもとでは私企業である電力会社が負う責任は限定的だからです。脱原発のためには、法制度を含めた電力システム全体を変える必要があります。
また、歴代政権が原発をなかなか手放さないのは、電力会社が政治的・経済的な支持基盤として利用価値が大きいことと、核兵器転用ポテンシャル(潜在力)を持ち続けたいからだと思います。
その意味で先日の大飯原発再稼働をめぐる裁判での原告側勝訴は、日本全体のリスクやコストを考えたという意味で画期的で、原発推進派が温暖化対策を利用することの欺瞞(ぎまん)性も明確に示していました。
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―世界の科学者でつくる気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書が原発にふれていますが。
そうですね。今回の第5次評価報告書が、“原発のリスクは大きく、2度目標(産業革命以降の温度上昇を2度以内に抑える)達成に不可欠という存在ではない”というメッセージを打ち出したと受け止めている人が少なくないのは確かだと思います。
よくある誤解として、IPCC報告書で原発が二酸化炭素抑制に「有効だ」と書いてあることをもって原発推進だという人がいます。しかし、報告書のどこにも「不可欠」だとは書いていません。
IPCC第5次評価第3作業部会報告書から 原発の「さまざまな障壁とリスク」 |
逆に最新の報告書には「原発にさまざまな障壁とリスクが存在する」とはっきりのべています。(別項参照)
―日本で再生可能エネルギーの開発はなぜ遅れたのでしょうか。
自由化されていない独占的な電力システムが最大の問題でした。電力会社は大規模集中型の大型施設を多くつくった方がもうかる仕組みでした。いわゆる資産額の一定割合を利益として確保できる「総括原価方式」です。原発と大型火力発電所があればいいということで、それが政・官・業の「原子力ムラ」の利益構造です。分散型の再生可能エネルギーも省エネも、利益を損なう邪魔者でした。
日本では再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度が導入されたことで太陽光発電パネルの設置が大幅に増えました。パネル設置業者への聞き取り調査によると、このまま設置数が伸びていけば将来電力会社がいらなくなるのではと考える設置業者がたくさんいます。かつての固定電話と同じです。
再生可能エネルギーは雇用も生みます。新規産業創出、エネルギー安全保障、そして安心という数字に還元されにくいものも考えたら、再生可能エネルギーや省エネのほうが圧倒的に日本にとって好ましいはずです。
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―日本政府の温暖化問題の態度をどう見ていますか。
いまの政府にとって温暖化対策の優先順位は非常に低いです。政府は昨年、それまでの日本の国際公約だった1990年比で2020年までに25%削減するという目標を取り下げて、逆に同年比3%増の目標を掲げました。原発が止まり火力発電所を動かしていることを主な理由としていますが、それだけでは実質的に28%もの目標引き下げは説明できません。多くの国が日本は温暖化対策を放棄したとみています。
4月の日米首脳会談で、オバマ大統領が温暖化問題を話題にし、とくに石炭火力発電の問題を強調したことを米紙ワシントン・ポスト(5月4日電子版)が報じました。アメリカでは石炭火力発電所の国内での新設は禁止に近い状況です。かつ国外への輸出への公的資金による援助はやめるといっています。オバマ大統領は、日本も同じようにするよう安倍首相に要求したと同紙が報じています。
石炭火力発電は温暖化ガスの排出量が極めて大きく、いったん導入されると何十年も稼働するために、温暖化を促す最悪の発電設備です。EU(欧州連合)も世界銀行も公的支援をやめるといっています。しかし、日本は国内で建設しようとしているばかりか、海外にも政府支援のもと輸出しようとしています。国際社会の流れに完全に逆行しています。
原発や石炭火力発電所のような重厚長大なハコモノを輸出すれば日本の国力が高まるというのはもう時代遅れの考え方で、本音のところは国益よりも一部企業の利益のみを考えているにすぎません。国際社会からの批判にも馬耳東風です。
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―こんごの問題はどうですか。
福島第1原発のような大きな事故がおきる可能性は世界中で存在し、世界各地で気候変動による被害が拡大するでしょう。結局、原発でも温暖化問題でも、私たちは次の世代に被害や責任を押し付けているだけです。
脱原発も脱温暖化も、具体的な対策は省エネと再生可能エネルギーの導入で全く同じです。だからこそ電力会社やエネルギー多消費産業は両方に抵抗してきました。
よく「産業のコメ」といいますが、資源を脱原発と脱温暖化、すなわち再生可能エネルギーと省エネに集中することによって「日本が食べていける技術」が育つ可能性は非常に大きいです。逆にそういう技術を育てて、新しい産業を興していかないと日本経済が立ち遅れていくと思っています。政治家も官僚も、そこをもっと真剣に考えるべきだと思います。
聞き手 山沢 猛