2014年5月3日(土)
2014 焦点・論点
「九条の会」10年から私が学んだこと
一橋大学名誉教授・「九条の会」事務局 渡辺 治 さん
改憲阻む共同の力 ここに
憲法改悪反対の一点で共同する「九条の会」が発足してことしで10年になります。いま新たな改憲策動が強まるなか国民共同の輪をどう広げるか、「会」事務局で活動してきた渡辺治一橋大学名誉教授に聞きました。
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――改憲の動き、九条の会の役割をどうみていますか。
安倍政権は、戦後何度も試みた改憲策動の失敗の教訓に“学び”、国民的議論を回避して憲法解釈の変更による改憲の試みをつよめています。同時に今国会に改憲手続き法の改定案が出されているように明文改憲にも執念を燃やしています。この改憲の策動を文字どおり国民共同の力でなんとしても阻止しなければなりません。
その国民的共同をつくっていくうえで、2004年6月に発足し、ことしで10周年を迎える「九条の会」の運動はいろいろな意味で豊かな経験をもっています。私も発足以来、九条の会の活動に参加してきました。そのなかで、改憲を阻む共同のための多くの教訓を学ぶことができたのですが、私が学んだいくつかの教訓をのべたいと思います。
9条改悪反対の一点で共同し、自主性・多様性を尊重
その第1は、会が改憲、9条改悪反対の一点での共同を徹底していること、組織的にもその一点の結びつきにもとづき自主性、多様性を追求していることです。
約7500ある「九条の会」は、「会」の呼びかけに賛同しているという一点をのぞけば、どれ一つ同じ顔の会はありません。会員制をとっているところもあればそうでないところもある、呼びかけ人方式で個人が参加する会が多いですが、千差万別です。一つひとつの会が自分たちで自主的に、どんな会がいいのかということを、他の会にも学びながらつくってきました。
しかも、大きな広がりをみせている会ではだれもが平等にかつ率直に意見を出せるよう、会の運営に工夫と努力がされています。
「九条の会」には呼びかけ人がいて事務局がありますが、「司令塔」ではありません。事務局は、年1回呼びかけ人が訴える大きな講演会を開き、また全国交流集会を開いて経験を学びあう取り組みをしています。県やブロックごとの交流集会にも力を入れています。
――「会」には従来の運動にとどまらない多彩な人びとが参加していますね。
良心的保守層含め広い共同を追求
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そうです。私が「会」から学ぶ第2の教訓は、会が良心的保守層を含めた広い共同を求めていることです。
改憲を阻むには、文字どおり改憲反対で国民の過半数を結集しなければなりません。そのためには「革新」の人びとだけではなく、保守の人びととの共同が不可欠だからです。
保守層の多くは、安保も自衛隊の存在も認めています。「九条の会」では、安保や自衛隊を認める人であっても、改憲によって自衛隊が海外で人殺しをする、再びアジアを侵略する国になることには反対だという人にも、呼びかけています。
1990年代以降、アメリカの圧力で海外派兵の動きが起こるなかで、何段階かにわたり、自民党のやり方についていけないと離反する人たちが生まれます。
90年代初めの湾岸戦争期には「血を流す貢献」への最初の反発、小泉政権のもとで強行した2004年のイラク派兵に対する反対、そして、現在です。
集団的自衛権の行使容認による「戦争する国」づくりに危惧をもち自民党有力者や防衛官僚だった人が、また安倍政権による立憲主義のじゅうりんに怒って歴代内閣法制局長官経験者が声をあげています。
これらの人たちの後ろには広範な良心的保守層がいます。私たちが手を差しのべることを待っています。この人たちと手をつなぐ必要があるというのが大事な教訓です。
――それぞれの地域で九条の会の集会や学習会が盛んですね。
“地域を根城に”し前進
そのとおりです。九条の会が大きな広がりをつくることができたのは“地域を根城にする”という方針を堅持したからです。自分たちの住んでいる地域で、住民過半数の共同を追求する。これが学ぶべき第3の教訓です。
会は早い段階から、小学校区単位で「九条の会」をと呼びかけてきました。たとえば、京都の一部地域のように、小学校の数より多くの地域の会がつくられているところもあります。岐阜県のある会のように会のアピール賛同署名が有権者の過半数から住民の過半数にすすんでいる地域もあります。
地域の多くの会では地元の市町村長や地方議会の議長など保守の有力者、芸術家さらにはお寺の住職など「名士」も呼びかけ人に加わっているところが少なくありません。宮城県、秋田県を皮切りに東北6県で現職・元職の市町村長の九条の会がつくられているのは象徴的です。
この問題でぜひふれておきたいのは、9条改憲反対という「一点共闘」の大切さと、原発やTPP(環太平洋連携協定)という地域での多様な関心の広がりの関係です。
各地の九条の会に行くとこんな質問が出ます。“会として原発の問題にも取り組みたいが、9条改悪反対の一点でという会の趣旨と矛盾するのでは”というのです。そんなとき私は、“会の原則は改憲の問題だけに関心を狭く限定することではありません。地域で出された問題を大いに学習し議論する機会をつくりましょう。しかし行動は改憲反対の一点でという原則を守りましょう”と答えています。
地域に根ざしたそうした取り組みが、7500もの九条の会が10年間も続いている要因だと思います。
運動未参加の人が参加できる工夫
「九条の会」から学ぶべき第4の教訓は、会が運動の蓄積をうけつぎ、今まで運動に参加していなかった社会層の人びとを立ち上がらせているという点です。
各地の講演に呼ばれていくと「こういう集会に初めて参加しました」という方と必ず出会います。個人の参加という形で初参加の人がきている。新たな社会層でいうと60代・70代の中高年が多数参加している。もう一つの主力は女性層です。講演会参加者のアンケートを見ると6割くらいが女性です。
――こんごの発展に向けた課題はどうですか。
いくつか課題がありますが、各地に出向くと必ず悩みとして出てくるのが若い世代の参加です。「若い人たちの参加が少ない、どうしたらいいか」ということです。これは「手」の問題ではないと思っています。
若い人たちは平和の問題に関心がないのでも、力がないのでもありません。原発ゼロ・再稼働反対の官邸前行動を見ればはっきりしています。問題は彼らにとって、平和や徴兵のない日本は生まれたときからの空気のようなもので、自分たちが立ち上がらなくてもと思っているからです。9条は空気ではなく、長年の改憲反対の運動の力で維持されているのだということを伝えていく責任があります。
運動をさらに発展させて改憲の試みを阻むことができれば、安倍政権の野望を断ち切るだけでなく、憲法が生きる日本、9条を生かした外交で平和なアジアをつくるために、かつて経験したことがない大きな一歩を踏み出すことができるのではないでしょうか。
聞き手 山沢 猛