2002年10月16日(水)「しんぶん赤旗」
「とても会いたかった」「この瞬間は一生忘れられない」――。十五日、北朝鮮から二十四年ぶりに帰国した五人と家族は、再会の感動や喜びを同日夕の記者会見で語りました。
固い表情のまま立ちあがった曽我ひとみさん(43)は、「とても会いたかったです」と思いのこもった一言。
二十四年ぶりに再会した妹の金子富美子さん(37)はホテルに向かうバスの中で姉との久しぶりの会話を紹介。「お姉さん、子どもは何人いるの」と尋ねると、ひとみさんは「十七歳と十九歳の女の子が二人いる」と答え、「父ちゃんはまだお酒を飲んでいるの」と父親のことを心配そうに話したといいます。
浜本富貴恵さん(47)は「みなさん、会えてうれしいです。本当にありがとうございます」と感謝をのべました。
浜本さんの兄、雄幸さん(73)は「兄弟のきずなというか、肉親のきずなは力強い。会うとぱっと打ち解けた。富貴恵の笑顔が出た。兄弟八人で迎えてよかった。車中で話をしていたが、昔の妹だった」。
浜本さんの夫、地村保志さん(47)も「本当に長い間みなさんにご心配をかけました。ありがとうございました」と。
父の保さん(75)は「元気な顔を見て、静かに迎えてやろうと思っていたが、私らより活発に笑い声を出し、こちらが励まされたような状態だった。できるだけ朗らかに、笑いを深める会話にしてやりたい」と語りました。
蓮池薫さん(45)は「両親の元気な姿を見て、本当にうれしい限りです」とあいさつしました。
父親の秀量さん(75)は「長女は二十一歳、長男十八歳と確認した。あの(再会の)瞬間は私には忘れられない。あの瞬間を私の人生に生かしたい。本人と会ってみたら、いい顔していましたので安心をした」と語りました。
兄の透さん(47)によると、薫さんは事件の発生状況などを聞かれると「いまはいいじゃないか。いずれ話そう」と答えたといいます。
薫さんの妻、奥土祐木子さん(46)は「長い間ほんとにご心配かけてすいませんでした。ほんとにありがとうございます」と目をうるませました。
父の奥土一男さん(75)は「この感激は一生忘れることができない。本人はわりあい緊張してないようで、陽気に笑ったり、緊張はなかったみたい」と喜びと安どの表情で語りました。
「元気な姿で戻れて、本当に良かった」。拉致被害者五人の親せきや友人は十五日、テレビを通じ、一時帰国を果たした姿を目にして、喜びや安どの声を上げました。
「やっちゃんや」。福井県小浜市にある地村保志さん(47)の実家には、叔父の河原清造さん(67)ら親族が集まりました。河原さんの妻つる子さん(73)は「兄ちゃんによく似ている」。小学校時代の友人、荒鹿正大さん(47)は「やつれた姿を想像したが、元気な姿でほっとした」と話しました。
蓮池薫さん(45)と高校の同級生だった佐藤道弘さん(44)は「すぐ本人と分かった。姿かたちは歳月を感じたが、はにかむ笑顔と歩き方は昔と変わらなかった」。
十五日の記者会見で被害者の家族は、空港での再会の場面などをそれぞれ振り返りました。
曽我さんの妹・金子富美子さん(37)は、タラップを降りてきた曽我さんに「お帰りなさい」と声をかけました。曽我さんは「富美子」と名前を呼び、二人で抱き合って泣きました。
浜本富貴恵さんの兄・雄幸さん(73)は兄弟八人で迎え、「お帰りなさい」「帰りました」と会話をかわし、手を握りしめました。
地村保志さんの父・保さん(75)は、保志さんから先に「父ちゃん、年のわりに元気やな」といわれ、「(保志さんを)抱きしめようと思っていたが、逆に抱きしめられた」。
蓮池薫さんの父・秀量さん(75)は、薫さんと妻の奥土祐木子さんに「よくがんばった。祐木子さん、あなたの力があったからがんばってこれた」といいました。二人は「お父さん、長いことごめんなさい」とこたえたといいます。母・ハツイさん(70)は、「泣かないつもり」でしたが、薫さんと祐木子さんが仲良く腕を組んでタラップを降りてくるのを見て、涙を流しました。ハツイさんが言葉を出せずにいると、薫さんがきてしっかり抱きしめました。
奥土祐木子さんの父・一男さん(75)は、「しばらく胸がジーンときた」後に、「元気でよかったな」「お父さんと会いたかった」との会話を交わしました。
蓮池薫さんはバスのなかでテレビのニュースをじっと見ていました。兄の透さん(47)が、「二人で住んでいた中野区のアパートがまだ残っている」というと「本当かよ、見てみたいな」と答えたといいます。
【地村保志さん(47)・浜本富貴恵さん(47)】 78年7月7日、福井県小浜市で海岸沿いのレストランを出た後、男4人に袋詰めにされ、拉致されました。地村さんは当時23歳で建設会社従業員、浜本さんは当時23歳で衣料品店員でした。北朝鮮で79年11月結婚。大学生の長女、長男と中学生の二男がいます。地村さんは社会科学院民俗研究所資料室翻訳員、浜本さんは主婦。
【蓮池薫さん(45)・奥土祐木子さん(46)】 78年7月31日、新潟県柏崎市で待ち合わせ後、海岸近くで数人の男に袋詰めにされ拉致されました。蓮池さんは当時20歳で中央大3年、奥土さんは当時22歳で化粧品会社勤務でした。80年5月結婚。21歳の長女、18歳の長男がいます。蓮池さんは社会科学院民俗研究所資料室翻訳員。奥土さんは主婦。
【曽我ひとみさん(43)】
78年8月12日、新潟県真野町(佐渡島)で母親のミヨシさん=当時(46)=とともに買い物帰りの途中、袋詰めにされ船に乗せられました。ひとみさんは当時19歳で新潟県立佐渡病院の准看護師。80年8月元米兵と結婚。大学生の長女、二女がいます。
北朝鮮から一時帰国した五人の被害者のうち、曽我ひとみさん(43)以外にも、横田めぐみさん=失跡当時(13)=と、娘とされる少女との面識がある人がいることが十五日、外務省の斎木昭隆アジア大洋州局参事官の話で分かりました。同参事官は、この少女がDNA鑑定の結果、「横田さんとの親子関係がほぼ確かめられた」ことも明らかにしました。
斎木参事官によると、平壌空港で待っていると、横田さんの娘とされるキム・ヘギョンさんが訪問。曽我さんはキムさんと会話し、面識がある様子でした。
蓮池薫さん(45)と奥土祐木子さん(46)夫妻、地村保志さん(47)と浜本富貴恵さん(47)夫妻の間でも「知っている」との会話があり、「三歳ごろにあやしたことがある」などの声も。一方、横田さんの父滋さん(69)は十五日夕、斎木参事官から「浜本さんの子どもがキムさんと幼稚園の同級生。浜本さんは横田さんの写真を見て、『名前は知らなかったが、キムさんの母親だ』と話していた」との説明も受けたといいます。